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[宮地陽子コラム第51回]クリッパーズ残留を決意したデアンドレ・ジョーダンが明かしたマブス移籍騒動の真相

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だいたいにして、事実は、噂話ほどには面白くはない。

「まず言っておきたいのは、別に人質になっていたわけではなかった」。

7月21日、ロサンゼルス・クリッパーズ契約選手合同発表会見で、クリッパーズとの再契約騒動後初めてメディアの前に顔を出したデアンドレ・ジョーダンは、そう言って、噂を否定した。

噂が流れたのは、フリーエージェント契約解禁前日の7月8日に、クリッパーズ選手やコーチたちがヒューストン郊外にあるジョーダンの自宅を訪れたときだった。ツイッターを中心に、クリッパーズの面々が、ジョーダン争奪戦のライバルだったダラス・マーベリックスのオーナー、マーク・キューバンらを締め出し、クリッパーズと契約するようにジョーダンを“自宅監禁”したとの話が駆け巡ったのだ。

噂話に乗って冗談半分に、入口を椅子で封鎖した写真を投稿したブレイク・グリフィンの元には、「大の大人を監禁するなんてとんでもない」「逮捕されるぞ」といった返信がいくつも来たというのだから、本気にした人たちも多かったようだ。

ジョーダンは説明した。

「僕はけっこう身体は大きいほうだし、自分の家に閉じ込められるわけはない。みんなで集まって、さらに上の目標に到達するために必要ないろいろなことを話していたんだ。僕も、何が本当に大事なのかに気付いた。このチームが大事だ。ここ(クリッパーズ)にいて幸せだと感じる。だから残ることにした」。

前の週に一度はダラス・マーベリックスとの契約を決断したジョーダンだが、クリッパーズの一団が集合した頃には、すでに心はクリッパーズ再契約に傾いていたらしい。チームメイトやドク・リバースHCらと話をしたことで、その思いは確実なものになった。その後、チームメイトたちは、契約を見届けるために契約解禁の夜11時過ぎまで、ジョーダン家に残り、時間をつぶしていた。それが、“監禁事件”の真相だった。

「それに、キンバリー(ジョーダンの母)が2度食事を出してくれたしね。私たちが残った本当の理由はそれだよ」と、リバースHCは笑って言った。

キンバリー・ジョーダンも「まるで感謝祭(家族で集まって食事をする祝日)のようだったわ」と、振り返っている。

DeAndre Jordan, Los Angeles Clippers, Photo by NBAE/Getty Images

もっとも、事実には、噂話とはまた別の面白さもある。たとえば、ジョーダンの中に芽生えていた、一選手として新しいものにチャレンジしたいという向上心と、チームとしての大きな目標を達成したいという思いのバランスもその一つだ。

ジョーダンが一度はマブス契約を決めたのは、より大きな役割を担いたい、そのためには変化が必要だという思いからだった。しかし、本当に自分が一番求めているのは劇的な変化なのかを考え、クリッパーズに残りながら、チームメイトと共に変化する道を選んだ。

会見で、ジョーダンは改めて、その気持ちの変化を説明した。

「もともと、ダラスを選んだのは、自分のキャリアを変える必要があると思い、変えたいと思ったからだった。もっと大きな役割、責任が欲しかった。(マブスに移り)そのチャレンジを受け入れる心の準備もできていた。でも、自分一人になって改めて考えて、クリッパーズに残ることが自分にとっては最善の選択だと気づいた」。

選手として上を目指すためには環境を変えるしかないと思い込んでいたのが、そうではなく、クリッパーズに残り、信頼するコーチの下でチームとして目標を達成したい、その中で選手としても成長したいという思いのほうが強いことに気づいたのだった。

ただ、そのためにはチームメイトたちと本音をぶつけ合う必要があった。役割を広げたいという気持ちをはっきり口にして伝え、険悪な仲だと“噂”されていたクリス・ポールとの関係の問題(これも、伝えられていた話は実際よりかなり誇張されていたようだが)についても、きちんと本音で話し合う必要があった。それだけでなく、チームとして、自滅するように敗れたプレーオフの苦い思い出を払拭し、乗り越え、前に進むための話し合いも必要だった。それこそが、7月8日にジョーダン家において起きた一番重要な出来事だった。

リバースHCは、その時間について「チームとして結束を強くする、すばらしい瞬間だった」と描写している。

「コーチとしては、いつも、シーズンを通してチームの結束を強くするような機会を探しているのだけれど、まるで、その機会が与えられたかのようだった。選手たちが一つの部屋に集まり、自分たちのチームについて、その他のいろいろなことについて話をする、すばらしい時間だった」。

ジョーダンは言う。

「この2シーズン、僕らは前進してきた。この2シーズンだけを考えても、シーズン中やプレーオフに多くのことを経験し、乗り越えてきた。峠を越える間近まで来ていると思っている。クリッパーズで、未完のままの仕事が残っているという思いは確かにある。戦力が補強されたことで、最後の決断はそれだけ楽だったし、このチームに残ることに満足している」。

こうして、ジョーダンとクリッパーズの熱い夏は、大きな岐路を経て、一区切りを迎えた。自らの人生を賭ける大きな決断を下したジョーダンに、もう迷いはない。

文:宮地陽子  Twitter: @yokomiyaji

 

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