NBA

[宮地陽子コラム第49回]マブス移籍を決断したD・ジョーダンが抱えていた“目標と現実のギャップ”

Sporting News Logo

ダラス・マーベリックスのオーナー、マーク・キューバンは、デアンドレ・ジョーダンとのフリーエージェント面談で、「君は20-20(平均20点、20リバウンド)ができる選手だ。今まではそうなる機会を与えられていないだけだ」と言って勧誘したという。

それから2日後、ジョーダンは7シーズンの間所属したロサンゼルス・クリッパーズを離れ、マーベリックスと契約することを決断した。出身地のテキサスのチームであることや、噂されているクリッパーズのクリス・ポールとのぎくしゃくした関係など、理由はいくつかあったが、キューバンのこの誘い文句が強く心を揺さぶったことは想像に難くない。

キューバンの誘い文句を聞いて思い出したことがある。今年2月に開催されたNBAオールスターの選考において、ファン投票、コーチ投票に続き、最後の希望だった故障欠場の代替選手でもジョーダンがオールスターに選ばれないことが確定したときのことだ。オールスターとして認めてもらえないフラストレーションについて聞かれたジョーダンは、こう言っていた。

「フラストレーションは別にない、来年は平均20点取らなくてはいけないだけのことだ」。

「フラストレーションはない」というのは本心だとはとても思えなかったが、一方で、平均20点という数字をあげたのは、リバウンドやディフェンスだけでなく、オフェンスでもそれだけできるという心の叫びのようでもあった。

実はちょうどこの頃、クリッパーズはブレイク・グリフィンが肘のブドウ球菌感染症で欠場していて、ジョーダンはいつも以上にオフェンスに参加、3試合連続で20-20を記録していた。そのうちの1試合、マブス戦では22点、27リバウンドと大活躍している。しかし、オールスターに選ばれるには遅すぎる活躍だった。

ちなみにこのとき、故障欠場の代替選手としてオールスターに選ばれたのがマブスのダーク・ノビツキーだったのは、今から考えると皮肉なことにも思える。その一方で、このときにジョーダンが選ばれなかったことは、夏のFA市場にむけて、マブスにとって最高のシナリオとなった。

実際のところ、ジョーダンはこの数年、ずっとオールスターを意識してきた。若くて才能ある選手なら誰でもそうかもしれないが、ジョーダンにも自分の力を証明したい、リーグのトッププレーヤーの仲間入りをしたいという願望があり、プライドもあった。2巡目指名でのNBA入りという立場や、運動能力頼り、ダンクだけと言われることが、余計にその気持ちを強くしていた。オールスターのダンクコンテストに招待されても「ダンクをするためだけのためにオールスターに行きたくない。オールスターに選ばれたら考える」と、断っていたほどだ。

とはいえ、現実的に考えると、シーズンを通しての平均20点も、オールスター選出も、クリス・ポールとブレイク・グリフィンという人気オールスター選手が2人いるクリッパーズで達成するのは簡単なことではなかった。いくらジョーダン自身が活躍しても、昨季のように同じチームからオールスター3人を出すには、よほどずば抜けたチームであるべきという不文律に阻まれてしまう。キューバンの誘い文句は、そんな目標と現実のギャップを抱えるジョーダンの心にスルリと入り込んだのだ。

キューバンは、ジョーダンにこうも言ったという。

「私たちは君を、シャックのような選手だと見ている。マブスに来たらチームの中心になることができる。フランチャイズプレーヤーに成長することができる」。

マブスを長年エースとして率いてきたノビツキーは37歳で引退間近だから、彼の引退後は君の時代だ、というわけだ。30歳のポールと26歳のグリフィンがいるクリッパーズからは聞くことができない言葉だ。

クリッパーズのドク・リバースHCは、まだ世間一般にはダンクでしか知られていなかったジョーダンを“ビッグ3”の一人として評価し、ディフェンスのリーダーだと断言し、ジョーダンの選手としてのアイデンティティを確立するのに大きな役割を担ってきた。ことあるごとに、「オールスターに選ばれないのはおかしい」「リーグで一番のディフェンス選手だ」と言い続けてきた。そんなリバースに感謝しながらも、26歳のジョーダンは、そろそろディフェンス選手という殻を破りたかったのかもしれない。

所属していたロサンゼルスのチームを蹴ってテキサスのチームと契約したということで、ジョーダンをドワイト・ハワードと並べて語る人もいるが、ジョーダンと似た状況で移籍したのは、3年前にオクラホマシティ・サンダーからヒューストン・ロケッツに移籍したジェイムズ・ハーデンだ。

ハーデンの場合はトレードでの移籍だったが、トレードの原因は、サンダーでの契約延長オファーを断ったハーデンに、自分が一番手としてチームを率いてみたい、その可能性を試してみたいという野望があったからだった。今のジョーダンと同じだ。3年前のダリル・モーリーGMも今のキューバンも、若く、野望を持った第3の男を狙ったわけだ。

ロケッツに移籍したハーデンは、見事チームのナンバーワン・プレーヤーとして成長し、昨シーズンはMVP投票で2位の票を得るほどまでに評価されるようになった。モーリーの賭けは成功したわけだ。

続くキューバンの「第3の男」作戦が成功するかどうかは、これからのジョーダンの成長にかかっている。ジョーダンにとって簡単な挑戦ではないが、それこそが、ジョーダンが求めていたものであり、クリッパーズでは得られないものだったのだ。

文:宮地陽子  Twitter: @yokomiyaji

 

【バックナンバー】

[宮地陽子コラム第48回]クリーブランド・キャバリアーズの絶望と希望

[宮地陽子コラム第47回]スティーブ・カーHCがついた“嘘”

[宮地陽子コラム第46回] ロッドマンとカーを彷彿させるドレイモンド・グリーン

[宮地陽子コラム第45回] 敗将ドク・リバースが奏でる”鎮魂歌”

[宮地陽子コラム第44回] 好調クリッパーズの“パパたちの幼稚園”

[宮地陽子コラム第43回] “鉄仮面”ティム・ダンカンの人間味あふれる素顔

[宮地陽子コラム第42回] アジアの血を受け継ぐレイカーズの期待の星、ジョーダン・クラークソン

[宮地陽子コラム第41回] ホークスの躍進を支えるドイツ産若手有望PG、デニス・シュローダー

[宮地陽子コラム第40回] NBAデビューを果たしたジョン・ストックトンの息子デイビッド

[宮地陽子コラム第39回] コービーの"恋唄"とウェストブルックの"返歌"

[宮地陽子コラム第38回] LAに帰還したパウ・ガソルが示したレイカーズへの思い

[宮地陽子コラム第37回] ウォリアーズのロッカールームに掲げられたスローガン

[宮地陽子コラム第36回] 他チームとは異なる76ers独自の"成績表"

[宮地陽子コラム第35回] "今年のサンズ"と評されるバックスの予想外の躍進

[宮地陽子コラム第34回] コービーとジョーダン、2人に通ずるメンタリティ

[宮地陽子コラム第33回] ジミー・バトラーが語る"成長の理由"

[宮地陽子コラム第32回] アイザイア・トーマスが語る"小兵の心構え"

[宮地陽子コラム第31回] 1勝が成否を分ける“歴史的な激戦”がまもなく開幕

[宮地陽子コラム第30回] ウォリアーズのS・カー新HCが浸透させつつある“自分らしさ”

[宮地陽子コラム第29回] 故郷に戻ったレブロンがメディアデイで見せた笑顔

[宮地陽子コラム第28回] ボリス・ディアウがFIBA W杯で示したリーダーシップ

[宮地陽子コラム第27回] FIBA W杯: 米国代表の頼れる男、ケネス・ファリード

[宮地陽子コラム第26回]デリック・ローズが語った “天井知らずの自信”

[宮地陽子コラム第25回]レイカーズのJ・リン――過去にとらわれることなく

[宮地陽子コラム第24回]NBAサマーリーグに参加した日本人たち

[宮地陽子コラム第23回]レブロン復帰、ウィギンス獲得などで注目を集めるキャブズ

[宮地陽子コラム第22回]王者スパーズのP・ミルズと日本の意外な関係

[宮地陽子コラム第21回]”オールドスクール”なポポビッチHCとダンカンの知られざる攻防

[宮地陽子コラム第20回]J・クロフォードの人柄が表われていたシックスマン受賞スピーチ

[宮地陽子コラム第19回]混乱のなかで際立つリバースHCのリーダーシップ

[宮地陽子コラム第18回]物議を醸したビデオ判定が示す“バッドボーイズ時代との違い”

[宮地陽子コラム第17回]移籍後もレイカーズファンに愛されるスティーブ・ブレイク

[宮地陽子コラム第16回]間近で見ることが増えて確信したJJ・レディックの真価

[宮地陽子コラム第15回]ジャクソン、ダントーニ、ウッドソン――ニックス対レイカーズ戦で見られた“複雑すぎる人間関係”

[宮地陽子コラム第14回]NBA選手も虜にする“マーチ・マッドネス”の魔力

[宮地陽子コラム第13回]サンズの双子プレイヤー、モリス兄弟の見分け方

[宮地陽子コラム第12回]“ビッグベイビー”がクリッパーズを選んだワケ

[宮地陽子コラム第11回]トレード期限の厳しい現実

[宮地陽子コラム第10回]王者と挑戦者の心意気

[宮地陽子コラム第9回]NBA選手たちの思わぬ強敵“時差”との戦い

[宮地陽子コラム第8回]井上雄彦氏が語るレイカーズに対する熱き想い

[宮地陽子コラム第7回]グラミー賞と渡邊雄太とピザ

[宮地陽子コラム第6回]ブライアン・ショーがフィル・ジャクソンから学んだこと

[宮地陽子コラム第5回]レイカーズを救う“お調子者”ニック・ヤング

[宮地陽子コラム第4回]コービー復帰戦で見えた“スーパースターたる理由”

[宮地陽子コラム第3回]消えたレイカーズの“パウンディング・ザ・ロック”

[宮地陽子コラム第2回]名将リバースHCの“巧みな話術”

[宮地陽子コラム第1回]NBA取材歴26年目、その年数に自分でもびっくり

著者