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[宮地陽子コラム第47回]スティーブ・カーHCがついた“嘘”

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コーチは、勝負のためとあれば、時に嘘をつく必要がある。

NBAファイナル第4戦前にスターティング・ラインナップを変えるかと聞かれたスティーブ・カーHC(ゴールデンステイト・ウォリアーズ)は、しれっと「いや、いつもと同じで行く」と答えた。

ところが、それから2時間もしないうちに発表になったスターターは、それまでセンターでスタートしていたアンドリュー・ボーガットを外し、代わりに、今季開幕から全試合で控え出場していたフォワードのアンドレ・イグダーラを入れたスモールラインナップだった。

ラインナップ変更が功を奏し、イグダーラはクリーブランド・キャバリアーズのレブロン・ジェイムズを守るだけでなく、自身も22点、8リバウンドをあげる大活躍を見せた。何よりも、ウォリアーズの小型ラインナップは試合のテンポを上げ、今ファイナルが始まって以来初めて、試合を通してウォリアーズらしい試合を戦うことができ、シリーズを2勝2敗のタイに持ち込んだ。

試合後、カーHCはあっさりと自分の嘘を白状した。試合後の会見で「いつスターター変更を決めたのか」と聞かれたときのことだ。

「今朝、決めた。聞かれたときには嘘をついたんだ」とカーHC。

「真実を話したら、まるでデイビッド・ブラット(キャブズHC)のドアをノックして、『私たちは試合でこれをやる』と告げるようなものだ。話題を避けたらツイッターで、誰がスタートするのかと騒ぎになる。だから、その代わりに嘘をついた。申し訳ない。でも、倫理観でトロフィーをもらえるのではなく、勝たないとトロフィーはもらえないからね」。

勝つために必要だったからと、カメラの前でポーカーフェイスのまま嘘をつけるということは、新人ヘッドコーチのカーに、それだけ大物コーチとなる図太さや素質があることの証なのかもしれない。

その一方で、コーチは根っこのところで正直である必要もある。本音で語っていると選手たちに思われない限り、心から信頼されることはないからだ。

カーHCの場合、シーズン前に大事な、本音のやり取りがあった。プロ入りしてから10シーズンの間、全試合でスターターとして出場していたイグダーラに、控えからチームに貢献して欲しいと伝えたときだ。決めるまでに何度も話をし、最終的に役割を決めたときには、きちんと理由を説明した。シーズン中に31歳になったベテランのイグダーラが、プレーオフに入ってから最大限に力を発揮できるように、シーズン中からプレータイムを制限して体力を温存したいということや、若手のハリソン・バーンズがスターターとして成長することがチームに必要なことなどを説明した。

コーチの説明に納得したイグダーラは、初めての控えの役割を新たなチャレンジとして受け入れた。そして、チームが強くなるために、自分のプライドやこだわりを捨てたイグダーラを、カーHCはことあるごとに、チームのために戦う空気を作り出した選手として称賛していた。

運命とは不思議なもので、そんなイグダーラが大事な試合でスターターに戻り、シリーズの流れを変える大事な役割を担った。そんなめぐり合わせになったことを、カーHCは心から喜んでいた。

本音の話の合間にたまに混ぜる嘘。その二つを使い分けるカーHCの、新人ヘッドコーチとは思えない絶妙なバランスも、今季のウォリアーズの強さの一因だ。

文:宮地陽子  Twitter: @yokomiyaji

 

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