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[宮地陽子コラム第45回] 敗将ドク・リバースが奏でる”鎮魂歌”

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ロサンゼルス・クリッパーズのヘッドコーチ、ドク・リバースによると、プレーオフに敗退したその日よりも、次の日のほうがつらいという。

「勝てると思っていたときならなおさらだ」と言う。

確かに、シーズンが終わってしまった痛みは、敗戦直後よりも、翌朝起きて、次の試合のための練習もフィルムセッションもないと気づいたときに、より強く感じるものなのかもしれない。

実際、シーズンを通してNBAを取材して、プレーオフで敗退した後のロッカールームと、その翌日に行なわれるシーズン終了会見には独特の空気があり、コーチや選手たちの思いの強さに圧倒される。それまで目の前の1日、1試合だけに集中して戦っていた彼らにとって、敗戦によって緊迫していた糸をブチンと切られ、急にオフシーズンという長いブラックホールに放り出されてしまうのだ。すぐに切り替えろと言われても難しいのはわかる。

そんなことを書いたのは、ヒューストン・ロケッツとのウェスタン・カンファレンス準決勝第7戦に敗れ、今シーズンを終了したクリッパーズのシーズン終了会見の取材に行ってきたからだ。選手が誰も練習していない空っぽの練習場の片隅で、ヘッドコーチ兼バスケットボール運営本部長のリバースが語る言葉は、そんな独特な空間で奏でられる鎮魂歌のようだった……というと大げさだろうか。

リバースの言葉から、いくつか印象に残ったことを選んでみよう。

■周囲の評価

「ああしたらよかったという気持ちはあるけれど、今になって、何ができるわけでもない。私たちにはチャンスがあった。それは確かだ。(優勝するのに)十分な力があるという評価と、足りなかったという評価。スポーツの世界では、それが一瞬で入れ替わるんだ。自分では十分な力をもったチームだったと思っているけれど、仕事を成し遂げられなかった」

昨季の王者サンアントニオ・スパーズを激戦の末に倒したクリッパーズが、その勢いのまま、ロケッツとのシリーズでも3勝1敗と王手をかけたとき、クリッパーズは一番優勝に近いチームだと一時的に言われていた。

それが、その後の1週間でクリッパーズはまさかの3連敗。敗戦後はチーム改造論が賑やかだ。それだけスポーツの世界は成功と失敗が紙一重。「評価が一瞬で入れ替わる」というのは、当事者として成功も失敗も経験したリバースならではの言葉だった。

■チームの真価

「チームの真価を決めるのは(ロケッツとのシリーズでの敗退ではなく)、将来だ。壁を乗り越えるために夏の間、ずっと時間がある。少しずつ近づき、さらに近づき、やっと壁を乗り越えたような例がいくつもある。一度乗り越えれば、このことは忘れられる」

この言葉を聞いて、スパーズのヘッドコーチ、グレッグ・ポポビッチが長年チームのモットーとしている石切職人のエピソードを思い出していた。ポポビッチをはじめ、スパーズのフロントと親しいリバースは、以前からスパーズのようなチーム作りを目指してきた。

カンファレンス・ファイナル進出を逃したことで、周囲の傍観者からはビッグ3(クリス・ポール、ブレイク・グリフィン、デアンドレ・ジョーダン)を崩して再建すべきだという声も出てきているが、人事権も持つリバースは、フリーエージェントになるジョーダンの再契約がオフシーズンの一番の優先事項だと断言し、労使協定で許される最高額の契約をオファーするつもりだと言う。さらにチームの中核を変える必要はなく、むしろ少しずつ穴を埋めるような補強が必要だとも語った。

■スパーズとのシリーズでエネルギー消耗

「多くのスパーズの人たちから連絡があった。私は彼らと親しくしているからね。RC・ビュフォード(スパーズGM)をはじめ、いろいろな人が連絡をくれた。彼らはみんな、この(ロケッツとの)シリーズを戦う前に、果たして私たちにエネルギーが残っているかどうかを心配していた。全体的に考えると、私たちにはそれだけのエネルギーは残っていた。むしろ多くのエネルギーがあったことに、私自身も驚いたぐらいだ」

ロケッツに敗れた後にスパーズのポポビッチHCからも連絡があったかと聞かれたリバースは、その質問にははっきり答えなかったものの、上のような話をした。

興味深いのは、スパーズとの激戦を終えた後のエネルギーの話だ。というのも、ポポビッチ自身、クリッパーズに敗れた後に、もし第7戦に勝ち、次のラウンドに進んでいても、その後優勝できるだけのエネルギーがチームに残っていたかどうかわからない、というコメントをしていたのだ。プレーオフ史上に残る名勝負だった1回戦のスパーズ対クリッパーズは、それだけ両チームのエネルギーを奪っていた。

リバースが言うように、確かにロケッツとのシリーズ前半でのクリッパーズには、エネルギー不足はまったく感じられなかった、むしろ、スパーズに勝った勢いで第4戦まで戦っていた。しかし、第5戦からロケッツが息を吹き返してきたときに、それに抗うエネルギーが残っていなかったようにも見えた。

■目標は、あくまで優勝

「(スパーズに勝ったことで)成長はあった。ディフェンディング・チャンピオンを倒したんだ。それに、(カンファレンス・セミファイナルで2勝しかできなかった)1年前よりも1試合先に進んだという見方もできる。1シリーズ先には行けなかった。私にとって、ウェスタン・カンファレンス・ファイナルは目標ではない。君たちにとっては目標なのかもしれないけれど、私たちの目標ではない。私たちの目標はチャンピオンになることだ。私たちは、明らかにまだそこには到達していない。その目標に向かって努力し続けなくてはいけない」

メディアは、クリッパーズがチーム史上一度もカンファレンス・ファイナルに進んでいないこと、リーグのトップ・ポイントガードであるクリス・ポールも同様に、一度もカンファレンス・ファイナルを経験していないことに注目しがちだ。スパーズとの戦いに勝ったことで評価していた分も、カンファレンス・ファイナルに出られなかったことで帳消しになってしまったようですらある。

それでもリバースは、大事なのは優勝に向かって努力し続け、前に進み続けることだと言う。毎年、負けたときに心が折れるほどつらい思いをしても、それでも価値があるという。

■シリーズ敗退後のロッカールーム・スピーチ

最後に、リバースがロケッツに負けた後のロッカールームで、打ちひしがれる選手たちに語ったという言葉を書いておこう。

「私はこのリーグで選手として13年プレーし、13年連続で心を折られた。毎晩祈っていた。私のただひとつの目標は優勝することだった。そのために毎年、チームに全身全霊を捧げ、毎年心折られて終わった。それでも、それだけの価値があった。これもスポーツの一部だ。勝者は1チームしかいないんだ」

「私たちは1回戦には勝ったけれど、このラウンドには勝てなかった。それでも、チームに身を捧げることは価値あることだ。心を折られ、批判を受けることも、それだけの価値があることだ。そのことを喜ぶべきだ」

「今は私も打ちひしがれているけれど、頭の中では、すでに来年のことを考えている。また戻ってきて、チームとして戦おう」

文:宮地陽子  Twitter: @yokomiyaji

 

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