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[宮地陽子コラム第86回]コービー・ブライアントがレイカーズに遺したレガシー

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Kobe Bryant Jersey Retirement

コービーが示した先人たちへの感謝の気持ち

ステイプルズ・センターを埋めつくした約1万9千人のファンが見守る中、センターボードにコービー・ブライアントのバスケットボール選手としての物語が流れた。2年前、ブライアントが引退の意思を発表したときに書いた詩、『ディア・バスケットボール』を元にして作られた5分間の短編アニメだ。

バスケットボールへの愛情を綴ったこの詩は、どんな試合のハイライト映像よりも、ブライアントが勝ち取った5つの優勝トロフィーのどれよりも、彼の背番号(8番と24番)の永久欠番セレモニー幕開けにふさわしかった。

喝采の中、ブライアントがセンターコートに歩み出る。ユニフォームではなくスーツ姿のブライアントの表情には、かつての試合中の牙をむきだすような表情も鋭い眼光もなく、穏やかな笑顔が広がっていた。

現役時代のブライアントは、負けず嫌いで競争心強く、頑固で、自分の道を貫く勝負師だった。勝つためなら、時にチームメイトを怒鳴りつけ、自分が決めてやるとばかりにボールを要求した。その裏では、朝4時に起きて練習し、食事に気を使い、映像やスカウティングリポートで相手を研究し、練習や試合の後は手を抜くことなくトリートメントに時間をかけた。勝てば満面笑顔になり、負けたら不機嫌だった。

しかし永久欠番セレモニーでの彼は、それまでこだわってきた試合の勝ち負けや、実力の優劣はどうでもいいことだったとばかりに、今の思いを語った。

ステイプルズ・センターの壁に、ブライアントが着けていた8番と24番の背番号が披露され、マイクを手にしたブライアントは、先人たちに向けて感謝の気持ちを表した。

「きょう大事なのは、僕のユニフォームがあそこに掲げられることではありません、大事なのは、以前から掲げられていたユニフォームなのです。あれがなければ、今、僕がここにいることはなかったのですから」。

実は、ブライアントはルーキーのときから、レイカーズ史上に数多くいる偉大な選手たちの誰よりも偉大だと認められる存在になるという野望を持っていた。シャキール・オニールは言う。

「僕はレイカーズの中で最も支配力のある選手だったけれど、それでも史上最もグレートな選手になりたいとは思っていなかった。コービーは違った。そして、それだけの努力をし、プレイでも示していた」。

Kobe Bryant Jersey Retirement Shaquille O

そのことに関して、セレモニーの前の記者会見で、ブライアントはこんなことを言っていた。

「若いときは、優勝したかったし、偉大な選手と認められたかった。一人の選手として、内面から掻き立てられるようにやっていた。年をとって、今となっては、大事なのはそういうことではないのだと気づくようになった。そういったことは、人々に影響を与えるためには重要なことだった。ファンが多いとか、そういうことではなく、自分の行動や態度、ゲームに対する姿勢を通して、まわりの人たちが、どれだけ自分のやりたいことに打ち込むかに影響を与えることができる」。

試合に勝ったから、優勝したから、次世代に影響を与える存在になれるわけではない。それでも、若いころに勝負にこだわり、手を抜かず、真剣に取り組んでいたからこそ、そのキャリアがレガシー(遺産)と言われるまでになり、若い選手たちや、一般の人たちにまで影響を与える存在になれた。そのことに、何よりも達成感を感じるようになったのだ。

 

「選手たちは毎日のことだけ考えていけばいい」

永久欠番セレモニーは、偉大な選手の功績を称える場であると同時に、チームにとってはひとつの時代に区切りをつけるセレモニーでもある。

ブライアント後の次世代のレイカーズを担う選手たちを待ち構えるチャレンジについて聞かれ、ブライアントは、今は目の前のことにだけ集中すればいいのだとアドバイスを送った。自分のように大局的な考え方をするのは、年を重ね、引退してからでいいのだと強調した。

「選手たちは毎日のことだけ考えていけばいい。きょう、自分はどうやってきのうより上達できるか、そのことだけ考えればいい。そうすることで、自分のレガシーを作っていくのだから」。

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満員のファンは、試合のハーフタイムが行なわれたセレモニーの後に、若いレイカーズの選手たちが、自分たちのレガシーを作ろうと懸命に努力する姿を目撃した。ディフェンディングチャンピンのゴールデンステイト・ウォリアーズ相手に最後まで食らいつき、第4クォーター残り1分8秒で5点差まで広げられても諦めることなく粘り、オーバータイムまで持ち込んだ。

幼い娘がいるブライアントは、オーバータイムを見届けることなく帰途についたが、ファンはそのことを気にする様子もなく、今のコート上での戦いに興奮し、大声援を送っていた。すでに時代のページは次へとめくられていたのだ。

Kobe Bryant Jersey Retirement

新生レイカーズはオーバータイムでもリードされては追いつく粘りを見せた。最後、ロンゾ・ボールの速攻レイアップがデイビッド・ウェストにブロックされ、2点差の悔しい敗戦を喫したが、未来を感じさせる試合だった。

かつてブライアントのチームメイトでもあったルーク・ウォルトン・ヘッドコーチは、試合後のロッカールームで選手たちに、こう言った。

「今夜の自分たちの戦い方に誇りを持つんだ。つらいだろう。実際、負けることはつらいことであるべきだ。それでも自分たちの努力を誇りに思い、接戦で負けた試合はすべて、自分たちでコントロールできることによって勝ちにできたという事実にワクワクすればいい」。

著者
宮地陽子 Yoko Miyaji Photo

スポーツライター/バスケットボールライター