[宮地陽子コラム第92回]10年の下積み生活を経て32歳にしてNBAデビューを果たしたアンドレ・イングラムの夢物語

[宮地陽子コラム第92回]10年の下積み生活を経て32歳にしてNBAデビューを果たしたアンドレ・イングラムの夢物語

マイナーリーグで10年間、NBA入りを目指してプレイし続けてきた苦労人がついに夢を叶えた

コービー・ブライアントの現役最終戦を思い出すほどの雰囲気

「空気がエレクトリックだった。それに尽きる」。

4月10日、32歳にしてNBAデビューを果たしたアンドレ・イングラム(ロサンゼルス・レイカーズ)が、デビュー戦の後に口にした感想だ。会場が、電気が走るように刺激的で熱い空間だったというのだ。

確かに、この日のステイプルズ・センターの雰囲気は、レギュラーシーズンの試合とは思えないほど熱かった。比較するのは変かもしれないが、2年前、コービー・ブライアントの現役最後の試合を思い出したほどだった。

すでにプレイオフ出場を逃したレイカーズにとってはレギュラーシーズン最後のホームゲームで、対戦相手はすでにNBA最高成績を決めて気持ちはプレイオフへと向いていたヒューストン・ロケッツ。言ってみれば、どちらが勝っても負けても、何の意味もない試合だった。それが“エレクトリック”な雰囲気になったのは、イングラムの存在と活躍があったからだった。

マイナーリーグで10年の下積みを経てついに

イングラムが、バスケットボールでは無名のアメリカン大学を卒業したのは今から11年前の2007年。それ以来、所属チームがなかった1シーズンを除き、10シーズンもの間、NBA傘下のマイナーリーグ、Gリーグ(昨季までの名称は“Dリーグ”)でプレイし続けてきた。

Gリーグは大半の選手が1~2シーズン所属し、その間にNBAに上がることができないと、見切りをつけて海外のプロリーグに進むか、現役引退して別の道を進んでいく世界。しかし、その中でイングラムはずっと「これが自分にとってのNBAへの道」と信じて続けてきた。海外のオファーを断り続けたため、途中からは、夢を追うためにはGリーグで続ける以外の道がなくなったという。家族の応援も受け、Gリーグの安いサラリーを補うために、オフシーズンに数学の家庭教師もしていた。

Andre Ingram 2007 Utah
2007年に大学を卒業し、Dリーグのユタ・フラッシュに入団。NBAデビューへの長い道のりが始まった

10年間がどれだけ長い年月だったかというと、現レイカーズのヘッドコーチ、ルーク・ウォルトンが現役引退後のシーズンに、レイカーズ傘下のロサンゼルス・ディフェンダーズ(現サウスベイ・レイカーズ)の育成コーチとしてプロコーチの道をスタートさせたのだが、イングラムは、そのときすでにディフェンダーズの選手だった。しかも、それはイングラムにとってすでにDリーグでの6シーズン目だったのだ。

それだけ長い月日、夢を諦めずにマイナーリーグからNBAを目指して努力し続けた彼が、10シーズン目の終わりに念願叶ってレイカーズと契約した。それは、まるで夢物語のようで、レイカーズのファンもチームメイトも喜んで迎え入れた。諦めずに頑張り続ければ報われるということを、みんな信じたいのだ。

苦労人のストーリーを観客も後押し

デビュー戦前にロッカールームにいたイングラムは、正直言って、名前の入ったロッカーの前に座っていなければ、アシスタントコーチかと思うような風貌だった。短くカットされた髪にはたくさんの白い毛が混じってもいた。

試合が始まり、第1クォーター終盤にNBAのコートに立ったイングラムは、ロッカールームで見たときよりさらに小さく見えた。登録では190cm、86kgで、レイカーズの控えガード、タイラー・エニスと身長は同じだが、体重は5kg弱軽い。これがNBAとマイナーリーグの違いなのか、フィジカルなNBAのゲームについていけるのだろうかと気になった。

しかしそんな懸念はすぐに、観客の大喝采にかき消された。昨季のGリーグの3ポイント王(成功率55%)の彼は、第2Qが始まってすぐに躊躇することなく3Pを打ち、そのボールがゴールに吸い込まれたのだった。会場は割れんばかりの喝采。下積みが長かったイングラムのストーリーを、会場に来ていたレイカーズファンの多くが知っていて、彼を後押ししていた。これこそ、彼が「エレクトリックだった」と言った光景だった。

レイカーズ史上4番目のハイスコア

もっとも、どれだけファンがイングラムを応援したくても、彼がプレイで応えることがなければ、盛り上がった空気は一瞬で終わる。試合を通して、“エレクトリック”な空気が続いたのは、イングラムがシュートを決め続け、ファンの期待を上回る活躍をしたからだった。


Andre Ingram Lakers
NBAデビュー戦で19得点の大活躍

前半は打ったシュートを1本も外すことなく、3本のフィールドゴール(うち2本が3P)と3本のフリースローをすべて決め、この時点でロケッツのジェームズ・ハーデンと並んで、両チーム最多の11点をあげていた。後半には2本シュートを外したが、それでも試合が終わるまでに合計19点をあげた。デビュー戦での19得点は、レイカーズ史上4番目の高得点で、デビュー戦での4本の3P成功はレイカーズ史上最多だった。

「私がここに来るために通らなくてはいけない道だった」

試合後のロッカールームで、イングラムは多くのメディアに囲まれていた。彼より若いチームメイトたちも、それを笑顔で見つめていた。

「ここに来るまでの道のりには、それをやり続けるだけの価値があった。喜びでもあった。私にとって、Dリーグでの10年は決して楽しみも何もない、いまいましい日々ではなかった。Dリーグでの10年を心から楽しんできた。今回、これまでのチームメイトたち全員から連絡をもらったけれど、彼らといっしょにプレイすることを楽しんでいた」。

「これは、私がここに来るために通らなくてはいけない道だった。そして、それは私にとって何の問題もなかった。もちろん、きょうのような日が訪れるか疑問に思ったときもあったけれど、実際にこうなったことにとても感謝している。ただ、その前の10年も私にとっては喜びだった。きょうのための準備だったのだから」。

Andre Ingram Lakers
32歳にしてNBA公式戦出場の夢を叶えたイングラムの周囲に多くの報道陣が集まった

もちろん、NBAデビューを果たしただけで目的を達成して満足というわけではない。来シーズンもNBA契約のオファーを受けられる保証はないが、そのためならサマーリーグでも何でも、自分にできることは何でもやるという。

「これまで通り、自分ができることをやるだけだ。このプロセスを楽しめる間は続けるつもりだ」。

文:宮地陽子  Twitter: @yokomiyaji

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