NBA

[宮地陽子コラム第76回]“元難民”ルオル・デンの思い「できることは希望を持つこと」

Sporting News Logo

1月31日、デンバー・ナゲッツに120-116で勝ったロサンゼルス・レイカーズのロッカールームは、11日ぶりの勝利に笑いがあふれていた。勝利に貢献した若手のイビカ・ズーバッツやディアンジェロ・ラッセルは、笑顔で記者たちの質問に答えていた。試合の主役は間違いなく彼らだった。

その一方で、試合後の記者たちの注目は別のところにあった。部屋の隅で、いつものように無言で身支度を整えていたルオル・デンだ。この日の試合では30分余りに出場、数字は突出してはいなかったが、若手が活躍できるように裏方の仕事に徹して貢献していた。

しかし、この日、彼が注目されていたのは試合とはまったく関係ない理由だった。ドナルド・トランプ米大統領が27日に出した中東・アフリカの7か国の人々の入国を一時停止し、難民受け入れを一時停止する大統領令に、デンが深く関わっているからだった。

デンは、スーダンに生まれた。国が分裂した現在では独立して南スーダンとなった地域だ。子供のころ、内戦から避難するためにスーダンを離れてエジプトに逃れ、そこで5年間の難民生活を経てイギリスに移住した。

現在では南スーダンとイギリスの二重国籍に加え、アメリカのグリーンカード(永住権)も持っているデンは、今回の入国禁止令の対象とはなっていない。しかし、だからといってデンが無関係というわけでもなかった。

身支度が終わり、多くのカメラとマイクロフォンに囲まれたデンは、まず、試合に関連した質問3つに答えた。その後、一瞬の沈黙。記者たちが質問を切り出すのに躊躇しているのを感じたのか、「で、いったい誰が最初に聞くんだ?」と、話題を切り替える合図を出した。


――あなたがSNSに投稿(30日、ツイッターとインスタグラムに #ProudRefegee のハッシュタグと共に、難民であることをいかに誇りに思うか、与えられた機会にどれだけ感謝しているかというメッセージを投稿)して伝えたかったことは何だったのでしょうか?

これまでもずっと言ってきたことだけれど、僕は自分が機会を与えられたことを、とても幸運でありがたいことだと思っている。多くの難民は声をあげることができず、あるいは耳を傾けてもらえない。だから、僕は自分が難民であることを、そして人生のこれまで得てきた機会をどれだけ誇りに思うかを伝えたかった。

僕たち(難民)は母国を離れたいと頼んだわけではない。多くの難民たちは、自分ではどうしようもできないことを経験している。トンネルの先に明かりが見えて、その光を目指して進んでいたときに、突然明かりが消されてしまった。それは個人にとってだけでなく、家族にとってもつらいことだ。

子供のころ、エジプトで難民として過ごしていたときは、毎日、明日になればここを離れてどこかに行けるのではないかとの希望を持っていた。どこに行くのかはわからなかったけれど、ただただ、何かを成し遂げることができるような機会を得られる場所に行きたいと思っていた。僕にとって、その機会は5年後にやってきた。今では、エジプトで育ったことに感謝しているし、多くのことを学んだ。と同時に、機会が来るのを毎日待つことがどういう気持ちなのか、よくわかる。

僕が伝えたかったのは、彼らが経験していることに僕が心を痛めているということだ。時に、自分ではどうしようもないことが起こる。そういうときにできるのは、ただとにかく祈り、変化が訪れるという前向きな気持ちでいることなのだけれど、多くの人が彼らの心の痛みを共有していること、もっと力になれればいいのにと思っている人がいるということは知っていてほしい。

――あなたが移住先を探していたとき、アメリカも選択肢だったのですか?

正直いって、すべての場所が選択肢だった。イギリスに行くことができて、とても幸運だった。難民としてイギリスに行くことができたのは、僕や家族にとってとてもすばらしいことだった。それがなければ、今のこの機会は何もなかった。

――今回の大統領令があなた自身や家族にどう影響するか、明解な答えを得ることはできましたか?

(入国)禁止はスーダンに対してで、南スーダンは別の国だ。多くの人は、少し誤解しているようだけれど、南スーダンとスーダンはかつてひとつの国だったが、今では別の国になった。だから僕は(入国)禁止の対象には入っていない。ただ、スーダンの多くの人を知っているし、子供のころにいっしょに育った多くの人たちが影響を受けているから、そういった意味では僕も影響を受けている。

――この先、どうなると感じていますか? 希望を持っていますか?

いつでも希望は持っている。どんな状況であっても、いつも希望はある。うまくいくようになるということを常に信じている。そうは見えないときでも、できることは希望を持つことだけだ。

――チームメイトたちからは、何が起きているのか聞かれたりしましたか?

何人かは聞いてきた。状況をわかっているチームメイトたちもいる。リーグの選手たちの中にも、連絡してきてくれた人たちがいて、それは嬉しいことだ。ただ、説明するのは難しい。そうやって説明していくことで、いつかは、多くの人が状況を知ってくれるようになるといいと思っている。

Luol Deng Heat
2015年にはバスケットボール・ウィズアウト・ボーダーズとアフリカゲームに参加。自ら基金も設立し、祖国やアフリカへの貢献を続けている

――政治とスポーツが交わることについてどう思いますか?こういった話をすることについてはどう感じていますか?

僕は特に政治に関わっているつもりはない。ただ、自分が何を信じ、何を感じているかを話しているだけだ。政治を論じることと、自分が信じていることを語ることはまったく別のことだと思っている。僕は政治を論じているつもりではない。難民で、機会を得た者として、どう感じているかを話しているだけだ。政治的な話はしないようにしているんだ。政治的なことを話し始めると、その意見をよく思わない人もいるからね。

――あなたはルオル・デン基金などを通じて、様々な子供たちに向けてのサポートをしていますが、メッセージによって、(難民の)子供たちに希望を感じてほしいと伝えたいという気持ちもありますか?

もちろんだ。多くの人たち、多くの難民たちが声をあげる機会を持っている。そういった話もいくつか読んだ。

僕は何か話すことで、誰か他の人に(悪い)影響を与えるような状況にはなりたくない。でも、率先してそのことを話す役割を担うことは喜んでやっている。僕が話していることは、誰か個人を攻撃するものでもなく、誰かを批判するものでもない。自分が信じていること、自分の人生をどう生きてきたかという話だ。僕は最初から、自分の人生を他の人に捧げてきた。その機会を与えられたのだから、そうするように努めてきた。

――ヨーロッパの一部の地域で起きていること(テロ事件)に恐れを感じ、難民を受け入れることでテロリストを受け入れることになると感じる人がいます。そういった意見に対してはどう思いますか?

僕はニュースも見るし、いろいろと読んでもいる。もし、そのことをきちんと調べたかったら、何が事実で何が事実でないかを調べるべきだ。僕が知る限りではこの国(アメリカ)で、難民がテロ行為を犯した例は多く知らない。

さっき話したことに戻るけれど、僕が(イギリス移住の)機会を得るのには5年の年月がかかった。その間に身元調査などがすべて行なわれたのだと思う。

僕もこうやって話しているけれど、今後、どういった方向に進むのかまったくわからない。今は、とにかく希望を持ち、辛抱強く、今後どうなるのかを見守っている。

――平均的なアメリカ人は、難民がどういう存在で、難民の人たちがどういったプロセスを経ているのかについて、どれだけわかっていると思いますか?

多くの人はわかっていないと思う。よく知られたことでもないし、毎日聞く話でもない。だから、僕はそのことで人々を責めるつもりはない。

僕自身は経験したことだからよくわかる。僕のまわりの人たちも、そういったこと話してきて、今も話しているのでわかっている。

と同時に、真実ではないことを聞かされ、それを信じるようにと言われたら、恐怖を感じて、それに反応してしまうのは理解できる。もし誰かから何か話を聞かされ、それしか知らなかったら、僕も今、話に聞いているような行動に出るだろうと思う。

人々に事実を知らせることに関しては、僕もどう解決すればいいののかわからない。でも、これ(入国禁止)を支持する多くの人たちは、彼らが聞いたことを信じているから支持しているのだと思う。

文:宮地陽子  Twitter: @yokomiyaji

>>> 宮地陽子コラム バックナンバー


著者