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[宮地陽子コラム第55回]「恵まれていた」ラマー・オドムを襲った生命の危機

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先週、ラマー・オドムが意識不明の状態でラスベガスの病院に担ぎ込まれた。一時は命も危うい状態にあったが、幸い、その後、意識を取り戻し、自発的に息をするようになり、短いながら言葉を交わすようにもなったと伝えられている。現地19日夜には、ラスベガスから家族や友人が多く、施設も整ったロサンゼルスの病院に転院している。まだこの先、内臓や身体の機能がどれだけ正常に戻るのかわからず、すべてが元通りとはいかないかもしれないが、それでも、命だけでも助かってほしいという多くの人たちの思いが通じたことは本当によかった。

オドムのニュースが飛び込んできて以来、取材の現場で見てきた彼のことを思い出していた。試合の後、独特なファッションでビシっと決めながらも、頭や顔から噴き出る汗をタオルで拭きながらインタビューに答える愛嬌ある姿。どんなときにも笑顔を見せて周囲を和ませる一方で、その奥には常に憂いがありそうな表情。相手が誰であれ、自分の弱さをさらけ出し、バスケットボールやチームメイト、家族への愛情を表現する愛すべき優しさ。

いろいろな場面を思い出すのだが、中でも印象的だったのは、2005年秋のトレーニングキャンプ中に見た光景だ。オドムにとってはロサンゼルス・レイカーズに加わって2シーズン目。フィル・ジャクソンが1年の隠居生活から復帰し、再びレイカーズのヘッドコーチに就いた直後のことだった。


Photo by Evan Gole/NBAE/Getty Images

練習の終盤、ジャクソンHCはフリースローを決められなかった罰として全員を走らせ、挙句の果てには、その走り方に不満足だったのか、大声で「みんな私のコートから出て行け!明日また朝10時に集合だ!」と怒鳴り、自らもコートを去っていった。傍観者の私ですら驚き、その場のピリピリした空気に緊張したのだから、当事者の、特に若手選手たちにとってはかなりの衝撃だったはずだ。

実は、これはジャクソン流のショック療法的コーチングだった。若手が多く、新しく築かなくてはいけないチームだっただけに、ジャクソンHCはシーズン前のキャンプ中に選手たちを追い込み、選手たちが思うようなプレイができていないフラストレーションを自分たちでも感じているのを見て、いったん突き放すことで、誰がどんな個性を見せるのかを見たかったのだ。

残された選手たちがどう対応したらいいのか呆然としていたなかで、率先してチームメイトたちに声をかけ始めたのはオドムだった。手を叩きながら「さ、フリースローの練習をしよう」と励ますことで、凍り付いていた空気をやわらげ、みんなに前を向かせた。

後からこのときの意図を聞くと、ジャクソンはこう言った。

「切羽詰まった状態に追い込まれたチームに何が起こるのか、そういうときに誰が前に出て個性を作り出すのかを見たかった。立ち上がって厳しい言葉によってまわりをやる気にさせるのか、その一方でほかの誰かがみんなの背中をたたいて『みんな、頑張ろう、できるよ』と励ますのか。チームにはその両方のリーダーが必要だ」。

このチームにおいてコービー・ブライアントは前者の、オドムは後者のリーダーだとジャクソンは説明した。ジャクソンがよく言う表現を使うと、ブライアントの父性のリーダーに対し、オドムの母性のリーダーというわけだ。

「ラマーはボールハンドラーであり、パッサーであり、リーダーだ。まわりの選手といっしょに何かを成し遂げよう、まわりを喜ばせようとする気持ちを持っている」。

コートの上だけでなく、コートを離れたところでも、まわりを喜ばせたいという気持ちは、オドムにとって生きがいであり、人生のよりどころでもあった。そして、そういった関係を築くことができた家族や友人、チームメイトたちが彼の一番の財産だった。


Photo by Yoko Miyaji

もうひとつ、オドムの姿で思い出すのは2011年春、シックスマン賞を受賞したときのこと。会見でオドムは何度も「恵まれている(blessed)」と口にした。

「バスケットボールは、私が大好きなことをすべて与えてくれました。おかげで多くの場所に行くことができ、多くの人たちに会うことができました。これらの選手たち(当時のレイカーズ・チームメイトたち)といっしょに、このようなチームでプレイでき、この街に住むことができて、本当に恵まれています」。

「人生にはいろいろな新しいことが起こりますが、考えてみると、僕は恵まれているのだと感じます。運だと言う人もいるけれど、僕は神の恵みだと思っています。すばらしいことばかりで、今は少し夢の中にいるようにも思います。すべてがこのまま続くようにと願っています」。

この最後の言葉は、その後のオドムが経験したいくつかのつらいできごとや、先週の一件を考えると、何とも言えないほど悲しい言葉にも思える。それでも、大事なことはまだ彼の人生は続くということ。そして、そのことを喜ぶ多くの家族や友人、そしてファンが世界中にいるということ。その幸せを、今の彼には十分に感じて、身体だけでなく精神的にも立ち直り、再び「恵まれている」と心から感じられるような人生を歩んでほしいと願うばかりだ。

文:宮地陽子  Twitter: @yokomiyaji

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NBA日本公式サイト『NBA Japan』編集スタッフ