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[宮地陽子コラム第54回]クリッパーズにやってきた頼れるベテラン、ポール・ピアース「大事なことは“どう伝えるか”」

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“彼”について、ジャマール・クロフォード(ロサンゼルス・クリッパーズ)が、こんなことを言っていた。

「いつになるかわからないけれど、彼が引退することを決めたら、バスケットボール界にはぽっかりと穴があくことになると思う。彼のことは、ずっとそう感じてきた。彼は、バスケ史上の最も偉大な選手たちと同じようなスワガー、自信を持っている」。

誰のことかわかるだろうか? コービー・ブライアント? ティム・ダンカン?

名前を明かす前に、クロフォードの言葉をもう少し続けよう。

「彼と同じチームでプレーでき、彼から学ぶ機会を得たことはすばらしい。彼の経験、ビッグショットを決める能力、どんな嵐でもやり過ごせる自信がこのチームに加わったことは、信じられないことだ」。

クロフォードが語っていたのは、今シーズンからクリッパーズに加わったポール・ピアースのことだ。この夏、控え選手を入れ替え、ピアース、ジョッシュ・スミス、ランス・スティーブソン、コール・オルドリッチを加えて戦力補強したクリッパーズだが、新戦力の中で最も大きな存在感を示しているのは、やはりピアースだ。

今月13日で38歳を迎えるピアースは、本人も現役としての年月が残りわずかなことを認めているが、それでも――いや、だからこそ、優勝を狙うクリッパーズにとって、彼の加入は大きな意味を持っている。それは、9月下旬のキャンプインからの10日間余の間に彼が発した言葉の中にも、十分に感じられた。

この間にピアースが語った中で印象的な言葉をいくつか紹介しよう。

■故郷、優勝、引退

「今はすばらしい気分だ。故郷に戻ってきたというだけではない。優勝のチャンスがあると思わなかったら、たとえ故郷でもクリッパーズに来ることは選んでいなかった。完璧なタイミングで、機会だった」

「僕にはもう(現役として)それほど長くは残されていない。今年だけなのか、(今季後に)もう1年できるのかはわからない。そういうタイミングで故郷に戻り、家族や友人たちの前でプレーできて、優勝する可能性がある。正直なところ、もし今シーズン優勝できたら、そのまま引退してしまうだろう。故郷で、優勝トロフィーを手にマンチェスター通りを通るなんて夢のようだ。そうなったら夢が現実になる」

メディアデーでの会見の最初の質問で、故郷に戻り、優勝を狙えるチームに入ったことについて聞かれたピアースは、最初から熱く語った。特に「今年優勝したらそのまま引退する」という言葉に注目が集まり、ニュースとなって流れたが、全体を聞くと、単に優勝することだけでなく、故郷、ロサンゼルスへの思いの強さがひしひしと感じられた。

ちなみに、最後のほうで出てくる「マンチェスター通り」とは、ピアースの生まれ故郷であるロサンゼルス近郊のイングルウッドを東西に抜ける通りで、かつてレイカーズがホームコートにしていたフォーラムの前を通っている通りでもある。果たして、チームの優勝パレードを想像して語っていたのか、単に自分の車にトロフィーを乗せて走らせることを思い描いていたのかは不明だが、どちらにしても、彼にとっての心の故郷はロサンゼルスというよりは、生まれ育ったイングルウッド界隈のことなのだということを改めて気付かされた。

■チームメイトへのアドバイスのコツ

「新しいチームに入ったときは、まずは選手たちの雰囲気を感じ取り、性格を理解するようにしている。選手全員、同じアプローチというわけではない。みんな違う性格をしているのだから、それぞれのことを知ることは大事だ。そうやってお互いに感じ取る過程が必要だ」

「もちろん、自分が考えていることは言うけれど、大事なことは、それをどう伝えるかだと思う。たとえば、熱くなっているときは、何かを言うのに最善のときではないかもしれない。(そういったニュアンスを理解するために)お互いを理解するプロセスが必要なんだ」

「僕は簡単に仲良くなれる人間だから、みんな、僕がいっしょにいることを楽しんでくれると思う。テレビだけで見ている人は、僕のことを嫌なやつだと思っているかもしれないし、キツイ性格をしていると思うかもしれないけれど、本当はナイスガイなんだ」

「このチームではCP(クリス・ポール)がキャプテンで、ブレイク(グリフィン)もリーダーだ。だから、僕はもうひとつの声として、ベンチで選手たちに伝えられることを伝えるつもりだ。ほかにも経験のある選手が多くいるから、あまり言いすぎないようにとは思っている」

セルティックスでケビン・ガーネットやレイ・アレンを受け入れ、その後、ベテランとしてネッツ、ウィザーズと渡り歩いているだけに、いかに新しいチームメイトたちと繋がり、自分の考えを伝えるかという、彼なりのノウハウを持っているようだ。特に印象的だったのは、「大事なのは何を言うかではなく、どう伝えるか」という部分。ベテランらしい知恵だ。

もうひとつ印象的だったのは、最後のところで「言いすぎないように」と表現していた部分。英語では"don't overuse my voice"という表現を使っていた。チームの中で、いつも同じ声(人)が叱咤激励していると、慣れたり、飽きられたりすることがある。ドク・リバースHCという信頼するコーチがいて、ほかにも経験ある選手が多いだけに、自分がいつ、どういうタイミングで言葉を発すればチームにとって効果的なのか、というところまで考えているようだ。

一見、何も考えずに思ったままを口にしているようにも見えるピアースだが、実際には意外と細かい配慮をしているのかもしれない。

■オールスター選手から脇役へ

この数年でオールスターから脇役に変わったことについて、何かclickした(ピンと来た)ことがあって変化したのかと聞かれて。

「clickした(カチっと音がした)ことはあった。僕の膝であり、足首であり、肘だ。それがカチっという音がしたんだ」

日本語に訳してしまうとわかりにくいかもしれないけれど、記者の質問の"click"という言葉を生かして、ウィットに富んだ答えを返してきた。このコメントに、囲んでいた記者たちの間からは爆笑が起こった。

とはいえ、実際に30代後半に入り、ピアースは以前のように身体が動かないことを痛感してもいるというのは事実のようだ。

これとは別に、いかに身体のコンディションを整えるかという話をしていたときには、こんなことも言っていた。

「(以前は)向上し、成長することばかりに集中していたけれど、選手キャリアのここまできたら、今の自分が自分の選手としての姿だ。それより休養を取ることも大事だ。できるだけコンディションを保ち、健康でいるように心がけている」

こういった言葉を聞く限り、ピアースは自分が引退目前に来ていることを身体で感じ、受け止めている。実際、優勝してもしなくても、今季が現役最後のシーズンになる可能性は十分にある。だからこそ、バスケットボール界にぽっかりと穴があく前に、ピアースの現役最後をしっかりと見届けたいと思う。

文:宮地陽子  Twitter: @yokomiyaji

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