NBA

[宮地陽子コラム第52回]女性HCとしてサマーリーグ初制覇――NBAとベッキー・ハモンが踏み出した大きな一歩

Sporting News Logo

7月11日、ラスベガスで歴史が作られた。ベッキー・ハモンが女性ヘッドコーチとして初めてNBAチームを率いたのだ。

もっとも、NBAチームと言っても、若手育成のためのサマーリーグのチームにすぎず、ハモンが率いた“サンアントニオ・スパーズ”の選手たちも、秋にNBAが開幕するときにはほとんどスパーズのロスターには残ることなく、世界中のリーグに散っていくようなチームにすぎない。

冒頭に書いた「歴史が作られた」という表現も、正直なところ、少し大げさすぎると感じ、当初は使うことにも抵抗があったほどだ。歴史が作られたとしたら、昨シーズンにハモンがスパーズのフルタイムの有給アシスタントコーチとして採用されたときのほうが大きな意味を持っていると思っていた。さらにその前には、2009~11の2シーズンにわたり、ナンシー・リーベルマンがDリーグのテキサス・レジェンズのヘッドコーチを務めていたのだが、そのことがすでに忘れられているような中で、NBAサマーリーグで女性がヘッドコーチをしたからといって、何の歴史的意味があるのだろうかとすら思っていた。

それでも、サマーリーグが終わってみて、サマーリーグの間のハモンのコーチングを見て、リーグ関係者の反応を見聞きして、やはり歴史的な出来事だったのだと思うようになった。

というのも、2週間のサマーリーグでのハモンのコーチングや、それを受け止めたNBA界の反応は、この先、NBAに本当の女性ヘッドコーチが誕生する可能性を感じさせるものだったからだ。一時的な特例ではなく、将来、女性がNBAでコーチをすることがニュースにならないような時代が来ると、心から信じられたからだ。


サマーリーグ優勝を成し遂げたハモンHCと決勝MVPに選ばれたジョナサン・シモンズ Photo by NBAE/Getty Images

まず、ハモンのコーチングが、女性ヘッドコーチという形容詞抜きに、すばらしかった。バスケットボールをきちんと理解し、選手に伝えるべきことを伝える能力があり、短いサマーリーグの中でチームとしてのまとまりを作り出していた。スパーズのヘッドコーチ、グレッグ・ポポビッチが、ハモンをスティーブ・カーやドク・リバースと並べて、「バスケットボールに対する感覚が優れ、近くにいるだけでコーチできるとわかる一人」と評価していたのも納得だった。選手たちも、そんなハモンのコーチングを、普通に受け入れていた。

その結果、“スパーズ”は6勝1敗の成績で堂々と優勝。サマーリーグでの優勝がどれだけ価値があるものなのかは議論の余地があることだが、毎試合、選手たちが真剣にハモンのコーチングに耳を傾け、指示された作戦を実行している様子を見ると、単なる偶然や勢いだけで優勝したわけではないことは確かだった。

唯一負けた初戦ですら、残り16秒、3点ビハインドの状況でのタイムアウトで指示したプレーを選手たちが遂行し、ノーマークの3Pにつなげていた。シュートが外れたために試合には負けたが、ハモンのコーチ手腕を示すには十分な結果だった。シーズン中、アシスタントコーチとして裏方で働いていたときには見えなかった部分だ。

そんな彼女のコーチングを見たNBA関係者の中から、ハモンは将来のNBAヘッドコーチになれるだけの資質を持っているという声が次々に聞かれるようになったことも大きい。その言葉の端々からは、話題性としてではなく、男女の性別とも関係なく、ハモンの資質だけを語るような土壌が少しずつ作られていることがうかがえたからだ。


戦況を見守るハモンHC(2015/7/12 ミルウォーキー・バックス戦) Photo by NBAE/Getty Images

ハモンをフルタイムのアシスタントコーチとして採用し、今夏のサマーリーグ・チームのヘッドコーチに指名したポポビッチは、先日、ラジオのインタビューでこう語っていた。

「今の時代で女性が(NBAの)チームをコーチするということは、チームの人間が個々の人間として、社会の一市民として成熟し、そういったこと(男女の性別など)は関係ないということを理解できるかどうかにかかっていると思う。ベッキー(ハモン)のような人たちが、時間をかけて敬意を得て、それが可能であるということを人々が理解するようになることも大事だ。女性が参政権を得たのと同じことだ。変化が起こるのに何十年、時には何百年もかかったことが、後から考えるとまったくばかばかしく思えてくる」。

変化が起こるためには、ハモンのような女性コーチが実力を証明することに加え、周囲が偏見なく受け入れるような土壌が作られることが必要だというのだ。今回のサマーリーグにおいて、NBAはどちらの面でも大きな一歩を踏み出した。だからこそ、後から振り返って歴史的なサマーリーグだと思えたのだ。

ハモンは言う。

「私にはコーチになるだけの資質があり、ポップ(ポポビッチ)が頭脳を認めてくれたから雇われたということをみんなにもわかってほしい。女性であるということは、関係ないこと。ただ、このこと(女性にNBAヘッドコーチの戸が開かれること)の重要性を軽く考えるつもりもない」。

ポポビッチやハモンの、重要なことであると同時に、当たり前のことだという姿勢。それが、NBA界に浸透し始めたことを感じられた夏だった。

文:宮地陽子  Twitter: @yokomiyaji

 

【バックナンバー】

[宮地陽子コラム第51回]クリッパーズ残留を決意したデアンドレ・ジョーダンが明かしたマブス移籍騒動の真相

[宮地陽子コラム第50回]渡嘉敷来夢インタビュー「だいぶその強さには慣れてきた」

[宮地陽子コラム第49回]マブス移籍を決断したD・ジョーダンが抱えていた“目標と現実のギャップ”

[宮地陽子コラム第48回]クリーブランド・キャバリアーズの絶望と希望

[宮地陽子コラム第47回]スティーブ・カーHCがついた“嘘”

[宮地陽子コラム第46回] ロッドマンとカーを彷彿させるドレイモンド・グリーン

[宮地陽子コラム第45回] 敗将ドク・リバースが奏でる”鎮魂歌”

[宮地陽子コラム第44回] 好調クリッパーズの“パパたちの幼稚園”

[宮地陽子コラム第43回] “鉄仮面”ティム・ダンカンの人間味あふれる素顔

[宮地陽子コラム第42回] アジアの血を受け継ぐレイカーズの期待の星、ジョーダン・クラークソン

[宮地陽子コラム第41回] ホークスの躍進を支えるドイツ産若手有望PG、デニス・シュローダー

[宮地陽子コラム第40回] NBAデビューを果たしたジョン・ストックトンの息子デイビッド

[宮地陽子コラム第39回] コービーの"恋唄"とウェストブルックの"返歌"

[宮地陽子コラム第38回] LAに帰還したパウ・ガソルが示したレイカーズへの思い

[宮地陽子コラム第37回] ウォリアーズのロッカールームに掲げられたスローガン

[宮地陽子コラム第36回] 他チームとは異なる76ers独自の"成績表"

[宮地陽子コラム第35回] "今年のサンズ"と評されるバックスの予想外の躍進

[宮地陽子コラム第34回] コービーとジョーダン、2人に通ずるメンタリティ

[宮地陽子コラム第33回] ジミー・バトラーが語る"成長の理由"

[宮地陽子コラム第32回] アイザイア・トーマスが語る"小兵の心構え"

[宮地陽子コラム第31回] 1勝が成否を分ける“歴史的な激戦”がまもなく開幕

[宮地陽子コラム第30回] ウォリアーズのS・カー新HCが浸透させつつある“自分らしさ”

[宮地陽子コラム第29回] 故郷に戻ったレブロンがメディアデイで見せた笑顔

[宮地陽子コラム第28回] ボリス・ディアウがFIBA W杯で示したリーダーシップ

[宮地陽子コラム第27回] FIBA W杯: 米国代表の頼れる男、ケネス・ファリード

[宮地陽子コラム第26回]デリック・ローズが語った “天井知らずの自信”

[宮地陽子コラム第25回]レイカーズのJ・リン――過去にとらわれることなく

[宮地陽子コラム第24回]NBAサマーリーグに参加した日本人たち

[宮地陽子コラム第23回]レブロン復帰、ウィギンス獲得などで注目を集めるキャブズ

[宮地陽子コラム第22回]王者スパーズのP・ミルズと日本の意外な関係

[宮地陽子コラム第21回]”オールドスクール”なポポビッチHCとダンカンの知られざる攻防

[宮地陽子コラム第20回]J・クロフォードの人柄が表われていたシックスマン受賞スピーチ

[宮地陽子コラム第19回]混乱のなかで際立つリバースHCのリーダーシップ

[宮地陽子コラム第18回]物議を醸したビデオ判定が示す“バッドボーイズ時代との違い”

[宮地陽子コラム第17回]移籍後もレイカーズファンに愛されるスティーブ・ブレイク

[宮地陽子コラム第16回]間近で見ることが増えて確信したJJ・レディックの真価

[宮地陽子コラム第15回]ジャクソン、ダントーニ、ウッドソン――ニックス対レイカーズ戦で見られた“複雑すぎる人間関係”

[宮地陽子コラム第14回]NBA選手も虜にする“マーチ・マッドネス”の魔力

[宮地陽子コラム第13回]サンズの双子プレイヤー、モリス兄弟の見分け方

[宮地陽子コラム第12回]“ビッグベイビー”がクリッパーズを選んだワケ

[宮地陽子コラム第11回]トレード期限の厳しい現実

[宮地陽子コラム第10回]王者と挑戦者の心意気

[宮地陽子コラム第9回]NBA選手たちの思わぬ強敵“時差”との戦い

[宮地陽子コラム第8回]井上雄彦氏が語るレイカーズに対する熱き想い

[宮地陽子コラム第7回]グラミー賞と渡邊雄太とピザ

[宮地陽子コラム第6回]ブライアン・ショーがフィル・ジャクソンから学んだこと

[宮地陽子コラム第5回]レイカーズを救う“お調子者”ニック・ヤング

[宮地陽子コラム第4回]コービー復帰戦で見えた“スーパースターたる理由”

[宮地陽子コラム第3回]消えたレイカーズの“パウンディング・ザ・ロック”

[宮地陽子コラム第2回]名将リバースHCの“巧みな話術”

[宮地陽子コラム第1回]NBA取材歴26年目、その年数に自分でもびっくり

著者