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ティム・ダンカンが自らの永久欠番式典に出席「自分がもたらしたもの以上に、僕が皆からもらったもののほうが大きい」

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12月18日(日本時間19日)にAT&Tセンターで行なわれたニューオーリンズ・ペリカンズ戦に113-100で勝利後、サンアントニオ・スパーズは、ティム・ダンカンの永久欠番式典をコートで執り行なった。

19年間、スパーズ一筋で現役生活を続けたダンカンは、家族と共に来場。現役時代からメディア、ファンの前であまり話さないことで知られたダンカンだが、この日は饒舌だった。

「実は今日、いろいろと賭けをしていて、僕の大勝でした」と話したダンカンは、「まずジーンズを履いていないし、今日はジャケットを着ています。それに30秒以上は話しているしね。ありがとう、サンアントニオ。感謝しています」と冗談で会場を沸かせると、ファン、チームメイト、チームスタッフへの感謝の言葉を述べた。

「今日この場にいる全員、サンアントニオ全体に感謝しています。皆さんからのサポートと愛情は、素晴らしいものでした。特にここ数週間は、以前一緒にプレイした選手、会場に来てくれた冗談好きな皆から連絡をもらえて嬉しかった。僕が彼らにとってどういう存在だったかを聞けて嬉しく思っています。彼らの存在が僕にとってどれほど大きなことか。自分がもたらしたことよりも、僕が彼らやチームメイトからもらったもののほうが大きいのです。僕は、そう確信しています」。

共に4回の優勝を果たしたトニー・パーカーとマヌ・ジノビリもマイクを握り、ダンカンに関するエピソードを披露した。

パーカーは、「ティムは、自分に一度たりともパスを要求しなかったチームメイト」と語り、笑いを誘った。

「彼は、ただ僕のほうを見るだけで、『パスを出せ』とも何も言わないのです。フランスから海を渡ってきた19歳の頃の僕にとってはとても怖かった。他の選手なら『トニー、こっちがオープンだぞ』などと言うのですが、ティミー(ダンカンの愛称)は僕のほうを見るだけ。それでポップ(グレッグ・ポポビッチ・ヘッドコーチの愛称)に、『ポップ、ティミーを中心としたプレイをすべきですか?』と聞いたら、『本当に彼は君を見ていたのか?』と言われたから、『ええ。もし明日の試合で自分にポイントガードを任せてくれるなら、これから彼にパスを出しましょうよ』と提案したんです」。

ジノビリは、2006年プレイオフでのエピソードを明かした。

ウェスタン・カンファレンスの1回戦でサクラメント・キングスと対戦した際、ジノビリは第4戦終盤に勝敗を左右するターンオーバーを犯してしまい、キングスに2勝2敗のイーブンに追いつかれてしまった。試合後、ホテルの部屋で気を落としていたジノビリを気遣ったダンカンは、連絡が取れるまでホテルの部屋に電話をかけ続け、夕食に誘ったという。

「彼が夕食に誘ってくれて、コンピューターや、車、テレビ番組、あらゆる話題について数時間話しました。それで気持ちを切り替えられたのです。彼と一緒でなかったら、全然違う夜になっていたことでしょう。こういう話は、彼のチームメイトだった選手の大半が目撃していることです」。

「ティミー、いろいろとありがとう。今、自宅に飾っている4つの優勝リングは、君がいたから獲得できたものだ。僕、それに、君と一緒にプレイした選手をレベルアップさせてくれてありがとう。感謝しているよ」。

そしてポポビッチHCは、ジャケットのポケットからティッシュを取り出し、「今日はこれを使わないと皆に約束しました」と話し始めると、ダンカンの人間性を称えた。

「今日は彼がキャリアを通じて記録した得点、リバウンド云々の話はしたくありません。彼こそ、これまで球団が獲得した選手全員がチームのプログラムに対応できるようになった理由です。皆が話した通り、思いやりに溢れ、誰でも快く迎え入れながらも、彼は真面目な姿勢と堂々とした風格で静かに周りを引っ張ってくれました。それが彼という選手を特別な存在にしたのです」。

「そして、これから話すことが人としてのティム・ダンカンを表す上で最も重要なことです。すでに亡くなった彼のご両親に心から伝えられることでもあります。彼は、NBAの世界に身を投じる以前から今に至るまで、何一つ変わらない人物であり続けたのです」。


[引退特集]ティム・ダンカン


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NBA日本公式サイト『NBA Japan』編集スタッフ