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[丹羽政善コラム第49回]アンドレ・イグダーラ――王者を陰で支える仕事人

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Andre Iguodala Warriors

2年前、アンドレ・イグダーラ(ゴールデンステイト・ウォリアーズ)は、控え選手としては初めて、NBAファイナルでMVPを獲得した。レブロン・ジェームズ(クリーブランド・キャバリアーズ)に対するディフェンスがシリーズの決め手になったと評価されたが、今年もファイナルの第3戦、3点リードの第4クォーター残り10秒という場面でジェームズを止め、シリーズの流れを決定付けた。

チームで目立つのはあくまでケビン・デュラントやステフィン・カリー(ともにウォリアーズ)ら。イグダーラはそんな彼らを支えるのが役目。影のような存在だが、それでも彼の選手としての評価が高いのは、その役割に徹し、必要なときにコーチの求めるプレイができることか。

彼とて、チームを背負うだけのポテンシャルを持った選手。どう控えの役割を受け入れたのか気になるところだが、彼のこれまでのキャリアを辿ると、意外にも支えることこそ彼の立ち位置――そんな姿が浮かびあがる。

Andre Iguodala Warriors

ファイナル第5戦で見せたイグダーラらしさ

今年のNBAファイナルは、第5戦で決着がついた。

その日の午前中の練習で、こんなやり取りがあったと『ニューヨーク・タイムズ』に紹介されていた。

アンドレ・イグダーラに近づいたスティーブ・カー・ヘッドコーチが尋ねる。

「今日、何分ぐらいいける?」

イグダーラは「コーチが必要なだけ」と答え、続けた。

「準備はできています」。

カーHCとしては、ホームの第5戦で終わらせたい。ベテランのイグダーラにある程度無理を強いるかもしれない、と伝えたわけだが、イグダーラはそれを意気に感じた。彼はその試合で今季2番目に長い38分間をプレイし、20点をマーク。スポットライトはやはり、デュラント、カリーに譲ったものの、彼らしい活躍だった。

周りをどう引き立たせるか。それこそが彼に求められた役割だ。子供の頃、ブルズ時代のスコッティ・ピッペンのファンだったというから、現在の置かれた立場と憧れの選手のスタイルが近いが、まだ高跳びの選手としての才能のほうがあるのでは、と言われた高校時代までさかのぼると、誰かの陰となり、そこを自分の居場所としてきた過去がうかがえる。

Andre Iguodala Warriors LeBron James Cavaliers 2017 NBA Finals

そこへは、ちょっとしたことから、たどり着いた。

イグダーラは、ナイジェリア人の父親とアメリカ人の母親の下に生まれ、バスケットボールが盛んなイリノイ州のスプリングフィールドという街で育っている。ウォリアーズでチームメイトとなったショーン・リビングストンが近くの街に住んでおり、小学校の頃から、バスケットの試合で顔を合わせてきた、というのは有名な話だ。昨年のファイナルのとき、『CBS SPORTS』の取材に対して2人が当時を振り返っていたが、イグダーラがこんな話をしていた。

「僕たちの街は、ちょっと特殊なんだ。そんなところから2人がNBAの選手になれたのは驚きだ。だって、もっと上手い選手がいたから。でも彼は、NBA選手にはなれなかった」。

多くのNBA選手は、高校の時点で圧倒的な力を示し、バスケットの名門大学へ奨学金で進学し、そこでも実績を残してNBAにドラフトされる、というのが一般的な道だ。リビングストンに関しては、高校卒業時点で全米でも屈指の好選手と評されていたが、その彼よりも、イグダーラよりも上手い選手が、地元にいたのだという。

その発言が気になって調べていると、『GRANTLAND』が2013年に「The New Pippen」という見出しでイグダーラを特集しており、高校時代のことも詳しく書かれていた。

記事によると、イグダーラは高校のとき、チームで一番背が高かったにもかかわらず、ポイントガードだったという。ボールハンドリングのスキルに加え、ある選手にボールを回すという役割を求められていたそうだ。

1年後輩にリッチ・マクブリッジという選手がいて、彼こそはNBAに行けると、小さい頃から地元ファンに大きな期待をかけられるほどの逸材だった。実際、高校入学時にはチームのアシスタントコーチが、「スプリングフィールドでは、あんな選手を見たことがなかった。これまでの誰よりもうまかった」と評価するほどで、結果イグダーラは、マクブリッジの引き立て役を託されたのだ。

ただ、イグダーラが口にしたように、スプリングフィールドは、少々特殊な街だった。バスケット熱が高いため、その選手にかける期待の大きさが半端ではない。実際マクブリッジは、プレッシャーに押しつぶされていったのだという。高校卒業後、イリノイ大へ進学したが、そこでもパッとした成績は残せず、ドラフト指名もされなかった。

その一方でイグダーラは、マクブリッジの陰に隠れ、過度のプレッシャーを感じることなく、バスケットに集中した結果、成長できたのかもしれない。実に対照的な道を歩むことになった。

高校時代に続き大学、プロでもサポート役

高校を卒業したイグダーラは、カーHCと同じアリゾナ大へ進学。今度はそこにルーク・ウォルトン(現ロサンゼルス・レイカーズHC)というスーパースターがいて、やはり、その陰に隠れることになるが、そのことこそ、今のイグダーラへと導いた可能性がある。

2人はのちにウォリアーズで、ウォルトンがアシスタントコーチ、イグダーラが選手という関係で再会するが、イグダーラは大学1年目のとき、ウォルトンの自らを犠牲にするプレイに感化され、同じようなスタイルを目指すきっかけになったのだという。

NBAではドラフトでフィラデルフィア・76ersに指名されると、そこにはアレン・アイバーソンがいて、やはり、サポート役を求められたものの、違和感はなかったのではないか。

それを不運と捉える人がいるかもしれない。ただ一時期――アイバーソンがトレードされたあと――イグダーラは76ersの顔となったが、2012年夏、ロンドン・オリンピックで戦っている最中に、本人としては不本意な形でデンバー・ナゲッツに放出された。76ersとしては、イグダーラでは勝てないと判断したのかもしれない。

しかしその後、ウォリアーズが、イグダーラ本来の適性を見出し、再生に導く。2013年、ウォリアーズはナゲッツからトレードでイグダーラを獲得し、すぐさま4年契約を交わすと、2013-14シーズンこそ先発で起用したものの、翌年から控えへと配置転換した。

Andre Iguodala Allen Iverson 76ers

これはさすがに長く脇役だったとはいえ、それでもNBAに入ってからは一度も途中出場がなかっただけに、イグダーラにとってもキャリアの岐路となったはずだが、そこではカーHCの言葉に「救われた」と話す。

「その選手が、控えの役割をどう捉えるかは、チームが正直かどうかだ」とイグダーラ。

あのときカーHCは、なぜ、イグダーラにベンチスタートをして欲しいのか、チームはどういうプランを持っているかを正直に説明したという。第4Qの勝負所では使うということも含めて。

その言葉は、今年のファイナル第5戦でも守られた。イグダーラはたとえ裏方でも、必要とされているということを感じているからこそ、シックスマンに徹することができるのだろう。

そうした貢献に応えるかのように、ファイナルが終わるとすぐに、ウォリアーズはイグダーラに延長契約を持ちかけ、すでに合意した、との報道も出ている。チームがいかにイグダーラを必要としているか、こうした配慮にもそれが伺え、両者の信頼関係もまた、透けて見える。

かつてはピッペンやウォルトンのスタイルを目指したが、今やイグダーラ自身が、他の控え選手が目指すような独自のポジションを築いた――そう言えるのかもしれない。

文:丹羽政善

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