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[丹羽政善コラム第46回]ブラッドリー・ビールーー開花した才能

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並外れたスピードは天性のもの。華麗なシューティングフォームはバスケット選手だった母親ゆずり。当たり負けしない強さは、フットボール選手の弟との練習で培われた。

高い身体能力、技術、環境、向上心――。一流になる要素に恵まれながら、これまではけがに苦しめられたブラッドリー・ビールワシントン・ウィザーズ)。しかし今季、ついに平均得点が20点を超え(現地4月4日現在、23.0点)、3ポイントシュートの1試合平均成功数もキャリアハイの2.9本(同日現在)に達した。

もどかしいシーズンが続いたが、ようやくポテンシャルと数字が一致。好調なチームにも貢献し、プレイオフでは、ダークホースとも目される。

覚醒したビールが、ジョン・ウォールとのコンビでサプライズを巻き起こす。


ラッパーのネリーとの深い関係

2014年のオールスターウィークエンド、3ポイントコンテスト。最高得点で第1ラウンドを終えたブラッドリー・ビールの背後でやたら興奮し、“よくやった”とも言わんばかりに、ビールの腕を掴み、荒々しく背中を叩く人がいた。

ラッパーのネリーである。

2000年に『カントリー・グラマー」というアルバムを発売すると世界中で1000万枚以上を売り上げ、2002年に発売したセカンドアルバム『ネリーヴィル」もやはり世界中で1000万枚以上のセールスを記録した、あのネリーだった。

ラッパーのNBA好きは珍しくない。高じて、ブルックリン・ネッツのオーナーの一人になったのがジェイ・Z。スヌープ・ドッグとアイス・キューブはロサンゼルス・レイカーズの試合に頻繁に顔を見せる。エミネムはデトロイト・ピストンズ、ドレイクはトロント・ラプターズ、カニエ・ウェストはシカゴ・ブルズのそれぞれ熱狂的ファンだ。ネリーも、シャーロット・ホーネッツの出資者の一人である。

ただ、そのネリーとビールは、ファンと選手、あるいは互いにファンといった関係とは少し異なる。

Bradley Beal Wizards Nelly
幼少の頃から親しいビールとネリー

2人は同じセントルイス出身だが、ビールがまだ幼い頃、学校まで送ったりしていたのがなんと、売れる前のネリーだったそう。ベイビーシッターのようなことをしていたのである。

ネリーはセントルイス郊外のユンバーシティ高校の出身だが、そこで体育を教え、アスレティックディレクターだったのがビールの母親。つまりネリーは彼女の教え子だった。その縁が背景にあるネリーとビールの関係は、「初めて会ったのは、僕が小さな頃だから、覚えていない」とビールが振り返るほど古く、ネリーにしてみればあの3ポイントコンテストのとき、“あの子が、こんなに立派になって”という特別な思いもあったのではないか。

あれからさらに成長し、今や2000万ドル以上の年俸を稼ぎだすビールはアスリート一家に育った。

学生時代はフットボールとバスケを両立

父親はケンタッキー州立大学のフットボール選手で、母親も同じ大学でバスケットの選手だったという2人の間に生まれたビールは5人兄弟の真ん中で、上の兄2人と、双子の弟はいずれもフットボールで奨学金をもらって大学へ進学している。アメリカにおいてスポーツをしている高校生がなんらかの形で大学の奨学金をもらえるのは約2%とされるが、ビール家の場合は100%だった。

高校1年まで、フットボールとバスケットボールで高い身体能力を発揮していたビールだが、ある日、彼のバスケットの試合にカンザス大のスカウトが来たのを見て、母親がバスケットにしぼるよう促した。そのとき、こんな話を息子にしたという。

「バスケットを選べば、食べるのに困ることはない」。

その先のプロというより、少なくとも大学には奨学金で行ける、ということのようだが、ビールは当然、上を見据えていた。

NBAともなれば当たりも厳しい。スピードも求められる。ビールは高校の頃、後にラインマンとして大学へ進学する巨漢の弟2人を相手に練習し、当たり負けしない体を作った。また、体が大きい割には俊敏な彼らとの練習を通してスピードを磨いた。

結果はといえば、家族全員が、一生食べるのに困らないほどの選手に進化。奨学金をもらってフロリダ大へ進学しただけでなく、1年でドラフト候補になると、2012年のドラフトでウィザーズから1巡目指名(全体3位)を受けたのである。

適応も速く、1年目の12月と1月には最優秀月間新人賞を獲得。しかし、これまでのキャリア全体を振り返れば、決して順調とは言えなかった。

プロ入り後はけがに苦しむも…

1年目、56試合に出場し、オールルーキー・ファーストチームに選ばれたものの、シーズン終盤にけがで戦列を離れた。2年目は73試合に出場し、プレイオフ進出の原動力にもなったが、3年目はけがで開幕に間に合わず、2月にも3週間ほど戦列を離れた。4年目となった昨シーズンも度々けがで、試合に出られなかった。

けがのないときは、相手ディフェンダーにとって厄介な存在だが、その一方で、どうしても故障がついて回った。

よって昨年の夏に5年総額1億2800万ドルでウィザーズと再契約したとき、地元メディアからはリスクも指摘されたわけだが、チームも本人もそれは承知の上。実際、けがをしない体作りなど、徹底的な話し合いが行なわれたよう。ビールが、その会見でこう決意を口にしている。

「トレーニングをすべて見直すつもりだ。歩き方、走り方にもこだわる」。

それまで才能に頼っていたビールだが、さすがにそれでは限界があると気づいたか。食生活も含め、体のケアに気を払うようになった。

同時にチームも、彼の生かし方を変えたよう。

先日、データ分析で定評のある『fivethirtyeight.com」が紹介していたが、例えば昨季まで、ビールはピック&ロールのとき、ボールを持ちながらスクリーンを利用してフリーになるというプレイを多用したが、このときのボールハンドリングに難があり、スティールをされたり、体勢を崩したままシュートをすることが多かったりと、決して効果的ではなかった。

しかし今季は、ボールを持たずに動き、スクリーンを利用してディフェンスを振り切った後にパスを受けてそのままシュートするパターンが増えたことが、データに現れている。得点増とも少なからず関連があるのではないか。

Bradley Beal Wizards John Wall
ジョン・ウォールとともにウィザーズを牽引するビール

いずれにしても、そうしたトレーニングに対する意識改革、プレイスタイルの見直しは効果が出ているようで、このままいけば、平均得点、出場試合数、フィールドゴール成功率など多くのカテゴリーで、キャリアハイをマークする勢いである。

もちろん、彼の目標はそこではない。

開幕から10試合で2勝8敗と苦しんだウィザーズだったが、12月に入ると徐々に歯車が噛み合い始め、すでにプレイオフ進出を決めた。そしてポストシーズンでも、昨季王者のクリーブランド・キャバリアーズが後半に入ってもたついているだけに、面白い存在となっている。

3月25日の直接対決でも、敵地でキャブズに圧勝。序盤から大きくリードし、途中で2度ほど迫られたが、その度に突き放すという強い勝ち方だった。その試合ではウォールが37点をあげたが、ビールも27点で続き、キャブズのディフェンスをかく乱している。

過去4シーズンで2度プレイオフに出ているものの、いずれもカンファレンスファイナルで敗れているウィザーズ。その殻を破るとしたら、ビールのさらなるレベルアップこそが、その行方を左右するのかもしれない。

文:丹羽政善

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