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[丹羽政善コラム第42回]ルーク・ウォルトンHC――高評価の理由

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昨季わずか17勝に低迷した名門ロサンゼルス・レイカーズの再建を託されたルーク・ウォルトン・ヘッドコーチ。今年4月、レイカーズの次期HC候補に名前が挙がると、かつてNBAで活躍した父のビル・ウォルトンは、「HCのポジションが空いているのは理由があるからだ」とし、火中の栗を拾うことをいさめた。だが、いざシーズンが始まると、ここまでレイカーズは大健闘。今ではよくあのチームをと、弱冠36歳という若きコーチの手腕に対する評価が高まっている。

選手としては大成できなかったウォルトンだが、もともとHCになる資質を備えていたとも言える。指導者にも恵まれ、彼らの考えを吸収しつつ、自分のスタイルを確立。そんな彼のここに至るまでの生い立ち、バスケットボールキャリアを辿る。


1980年3月28日に生まれたロサンゼルス・レイカーズのルーク・ウォルトン・ヘッドコーチは、ヒッピー文化をある意味象徴するロックバンド、グレイトフル・デッドを聴いて育った。

父ビル・ウォルトンの影響である。UCLA大学時代に今も記録として残る88連勝に貢献し、1974年のドラフトにおいて全体の1位でポートランド・トレイルブレイザーズに指名された偉大な父はヒッピーに染まっていた。現役時代、長い髪をヒッピーバンドで留めていたが、今なお、グレイトフル・デッドのファンを意味する“デッドヘッド”であり、サイケデリック調のTシャツを着て公の場に現れることがある。

息子曰く、「さすがに12歳ぐらいになると、自分が好きな音楽を聞くようになった」そうで、グレイトフル・デッドからは離れたが、バスケットの遺伝子はそのまま引き継いだ。


偉大なNBA選手だった父ビル(左)に育てられた息子のルーク・ウォルトンHC

小学生の頃から3on3の大会などで活躍し、生まれ育ったサンディエゴでは知られた存在に。高校を出るとバスケットボールの名門アリゾナ大に進学して2003年のドラフトでレイカーズに2巡目、全体の32位で指名されている。子供の頃、過酷な運命に翻弄された多くのNBA選手の境遇とは対照的で、スター選手の父を持つ子として恵まれた環境で育つと、敷かれたレールの上を脱線することなく歩んだ。

ただ、選手としては父親にどうあがいても適わなかった。父ビルは、故障が続いてキャリアを縮めたが、それでもコートに立てば、シュートが上手く、ポイントガードのような視野を持ち、6フィート11インチ(211cm)という身長を生かしたブロックショットは、同時にパスのようだったとされる。一方で息子は決してシュートが上手いわけではなく、クイックネスがあるわけではなく、NBAの世界にこそ身を置いたものの、これといった特徴のある選手ではなかった。

ところが、である。そんな平凡な選手がNBAの世界で10年も身を置いた。引退するとすぐさまテレビ解説の仕事が舞い込み、ゴールデンステイト・ウォリアーズから誘われてアシスタントコーチともなった。そして今春、レイカーズのバイロン・スコットHCの解雇が決定的となると、早い段階から後任と目されたのである。まるでスター選手のような華々しいポストキャリアだ。

そうした背景には彼に対するこんな評価があるよう。

「ウォルトンはバスケットボールを知っている」。


2014年から2シーズン、ウォリアーズのスティーブ・カーHCの下でアシスタントコーチとして学び、2015年には優勝を経験

決して数字には表れないが、自分の役割を知り、それに徹し、体を張れるという評価が少なくない。そのことで一目置かれた。また、シャキール・オニール、コービー・ブライアント、カール・マローン、ゲーリー・ペイトンら、アクの強い選手らとも一緒にプレイし、関係を築いた。

コーチの資質があることを真っ先に見抜いたのは、レイカーズ時代の恩師フィル・ジャクソン(当時ヘッドコーチ、現ニューヨーク・ニックス社長)か。ウォルトンはレイカーズでのキャリア後半になると故障で戦列を離れることが少なくなかったが、そんなとき、ジャクソンは戦略などを話し合うコーチらのミーティングに彼を招くようになったそうである。

余談ながらウォルトンほど、指導者に恵まれたコーチも少ないのではないか。

レイカーズ時代のHCはすでに触れたようにジャクソンだったが、アリゾナ大では名将ルート・オルソンに学び、ウォリアーズのアシスタントコーチ時代はジャクソンやサンアントニオ・スパーズのグレッグ・ポポビッチHCの元でプレイしたスティーブ・カーHCの下についた。系統としては現在の本流である。

そのウォルトンが、オルソンとジャクソンを比べたコメントが興味深い。選手が練習などでミスを犯したとき、名将はどう選手に接するか。

まず、大学時代の恩師オルソン。

「彼の口癖は、『お前は何を考えているんだ?』だった。それに答えようとすると、『お前は言い訳ばかりだ』と怒られた。コーチにしてみれば、僕たちが何を言おうが、関係ない。僕たちが間違ったことをしたことを知っているということを伝えたいんだ」。

レイカーズでのルーキー時代、ジャクソンからもやはりミスの説明を求められた。

「どんなプレイだったかは忘れた。多分、トライアングルオフェンスについてだったと思うけど、答えられなかった。間違ったことを言いたくなかった。そしたら10秒ほど沈黙になった。するとジャクソンは続けたんだ。『まじめに言っている。何を考えていたんだ。話さない限り、次には進まない』」。

オルソンは、ミスをしっかり自覚させようとした。対してジャクソンは、何を間違えたか、説明をさせた。大学とプロの違いもあるのかもしれないが、そこからウォルトンは、コーチとしてのこんな哲学を持つに至っている。

「コーチにはいろんなスタイルがあるけれど、意見を交わすことが大事だと思う。特にこのレベル(NBA)では」。

それはすなわち、コミュニケーションと言い換えても良いが、彼は自分の考えを押し付けるのではなく、選手の考えを聞く。その中にいいものがあれば、当然、生かす。実のところそれは彼が最も得意とするところなのかもしれない。


アリゾナ大時代は名将ルート・オルソンからバスケットボールを学んだ

先ほど、ウォルトンが子供の頃、3on3の大会で鳴らしたエピソードを紹介したが、実際、彼のチームは強かったらしい。もっともそれは彼だけのおかげではない。彼はベストなチームを作って試合に臨んだのだ。子供のレベルなら、仲の良い友達や近所の子供たちとチームを作るのが普通だ。ところが、負けず嫌いな彼は、上手いと聞けば、遠くの街や、危ないエリアに住む子供たちとも仲良くなって、チームを作ったそうだ。

当然、暮らす環境が違えば考え方なども異なる。ウォルトンはそうした子供たちの意見に耳を傾け、チームが一つにまとまる道を模索。自然、コミュニケーション能力が養われていった。

彼自身、過去にこんな話もしている。

「友達や家族から、誰々とは遊ばないほうがいい、と言われたこともある。でも僕はその子のいいところを自然に見つけることができた。ずっとそうなんだ。誰かがこう言っている、何々をした、ということでその人を判断することはない。僕はその人のいいところを見つけられる」。

その能力を発揮したのが、まさにレイカーズのヘッドコーチに就任してからということになるかもしれない。当初、ウォルトンが選手らをまとめることができるかどうか、多くが半信半疑だった。それぐらい、チームは荒れていた。

昨季終盤、ディアンジェロ・ラッセルが、ニック・ヤングとの私的な会話を録画し、公開した事件などはそれを象徴する。ヤングは昨年6月、オーストラリアのラッパー、イギー・アゼリアとの婚約を発表したが、録画された内容は別の女性に関することだったのだ。その後、レイカーズの選手らはラッセルを無視。例えば、朝食ミーティングのとき、ラッセルがテーブルにつこうとするとそこにいた選手らは違うテーブルに移るといった具合で、ロッカーでも彼が来ると、他の選手はその場を離れたそうだ。

オフに入って、当然、ラッセルかヤングのどちらかがチームを離れるかと思われたものの、ラッセルは2015年のドラフトでレイカーズが全体2位で指名された逸材。となると、移籍するのはヤングだろうと誰もが考えた。彼自身、それを覚悟していたという。

「今季もこのチームにいるとは思わなかった。トレードされるか、解雇されるか……」。

ところが、結果的に2人とも残留。ウォルトンにしてみれば、船出から大きな火種を抱えたことになるが、実は開幕からチームを支えたのはその2人。現在、ラッセルは戦列を離れているが、ヤングは先日、オクラホマシティ・サンダー戦でブザービーターも決めるなど昨季とは見違えるような活躍を見せている。

すっかり別人となったヤングは言った。

「コーチが僕を信じてくれた」。


ヘッドコーチとしては新人ながら、就任初年度から高い評価を得つつある

彼は前任のスコットHCとうまくいかなかった。オールドスクールタイプのスコット前HCはヤングに厳しく接し、それが不仲の一因と言われていたわけだが、ウォルトンはヤングの話を聞き、実は忠誠心が高いという長所を見抜いた。それで選手は変わるのである。

今やレイカーズの選手らはこう口を揃える。

「コーチのためなら、どんな壁だって超えてみせる」。

グレイトフル・デッドという名前の由来は、さまよえる霊を旅人が弔ったところ、その旅人が死者に感謝(グレイトフル・デッド)されるという古い民話からきているそうだ。方向性を見失い、さまよっていた選手たちを信じ、導いてくれたウォルトンに対して今、選手らが感謝し、報いようとしているのは、ウォルトンのルーツと深く繋がりがあるようにも映る。

文:丹羽政善

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