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プロアスリートが苦悩する引退後の人生

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ロサンゼルス・レイカーズで2度の優勝、シックスマン賞に輝いたラマー・オドムが意識不明の重体に陥ったニュースは、全米だけではなく、世界中を震撼させた。改めて浮き彫りになったプロアスリートの引退後の人生設計の難しさについて、シャーロットのクイーンズ大学シャーロット校でスポーツ心理学教授/コンサルタントを務めるケビン・バークが寄稿した。


ラマー・オドムの一件がわれわれに教えてくれることは、キャリアを終えた後の人生設計の難しさだ。

スポーツはアスリートに名声を授けるという意見を頻繁に耳にするが、彼らに“実社会”に適応する準備期間を与えてくれるとも言われている。しかし、さまざまな要因により、良くも悪くも、授かった名声により生じる影響もある。アスリートの引退後の人生については、あまり論じられることはない。アスリートが引退後の転身に失敗するケースは、決して少なくないのだ。

NBAで最後の試合に出場してから約30か月後、オドムはラスベガスの売春宿で意識不明の状態で発見され、現在、病院で治療を受けている。彼のケースは、自身が愛して止まなかった競技を引退後に苦悩し続けるアスリートが迎えた、危機的結末と言っていい。

1999年から2013年までNBAでプレーしたオドムは、まぎれもなくエリート選手の1人だった。ロサンゼルス・クリッパーズのスター選手として確固たる地位を手にし、ロサンゼルス・レイカーズで2度のNBA優勝を達成した。私生活でもリアリティショースターのクロエ・カーダシアンと結婚し、人気テレビ番組“Keeping Up with the Kardashians”のレギュラーとなり、後に同番組のスピンオフ番組“Khloe & Lamar”にも出演した。

オドムを長年指導し、精神的にサポートし続けたアルビン・ジェントリー(ニューオーリンズ・ペリカンズ・ヘッドコーチ)は、以前Sporting Newsの取材を受けた際、「カーダシアンとの結婚は、幼い頃から辛い境遇にあったラマーの人生に良い影響を与える」と語った。オドムの父はヘロイン中毒で、12歳のときに母親がガンになり死別。そして、息子は生後6か月で一生を終えてしまった。これだけ壮絶な人生を送ってきたオドムが、現役引退後、鬱に苛まれ、薬物乱用に走ってしまったことに理解はできる。

アスリートは、現役中から引退後の人生を送る準備ができていると言うが、実際に引退を迎えたとき、新たな人生をスタートさせることは簡単ではない。引退に直面したアスリートの反応を予測することは不可能に近いが、多くのケースでは似た反応が見られる。ただし、個人差は生じる。

多くのアスリートは、引退後、人生の転機となるような大きな出来事、例えば家族を亡くした、あるいは家を火事で失った人に近い反応を示す。

ときとして、どういう形で現役引退を決めたかかが重大な意味を持つこともある。

アスリートが自分の意思で引退を決断した場合、引退後の人生に上手く移行できるケースは少なくない。心理学上、自分の運命を自ら選択することは重要な要素になり得る。これは決して軽視できない要素で、新たな人生を始めてからの数年間、継続してインパクトを与える可能性のあることなのだ。

もし、オドムのケースのように、けが、あるいは解雇などの理由により止むなく引退しなければならなかった場合、憤りや失望感、「人生はフェアではない」という感覚に襲われるアスリートが多い。自分自身で競技から身を退くことを決められなかったアスリートは、”やり残した仕事がある”と感じるようだ。

引退したアスリートに共通して見られる特徴は、アイデンティティの喪失である。彼らの毎日の生活の中で、プロアスリートでいることは重要な要素だった。それが突然なくなってしまうのだ。その穴を埋める何かを見つけるチャレンジをする元アスリートもいる。だが、新たな冒険は、これまでと同レベルの関心を集められるものではない。そして、ファンやメディアに注目され、人気アスリートという立場にい続けられるものでもない。

中には、マジック・ジョンソンやマイケル・ジョーダンらのように、引退後ビジネスの世界で成功を収める元アスリートも存在する。チャールズ・バークリーやダグ・コリンズのように、スポーツ解説者としての地位を確立する元アスリートもいる。引退後も現役時代と同様に、“多忙な日々を送る”ことは可能だが、現役時代に経験したアドレナリンが噴出するような感覚は得られない。引退後、それらの感覚を取り戻そうとするが故に、リスキーな選択をしてしまう元アスリートもいる。

私が携わっているアスリートたちは、管理されたスケジュールから解放されるオフシーズンに難しさを感じることが多いと話す。引退後には、同様の問題による影響が大きくなる。自由な時間を持てるようになったとき、引退したアスリートが何をして過ごすかの選択により、ポジティブな影響を得るか、ネガティブな影響を受けてしまうかが決まる。何年も管理された生活をしていたにもかかわらず、急に自由な時間が増えると、人は当惑し、恐怖を感じる。少なくとも、新たな環境への対応が難しいと感じるようになる。

これはスポーツの世界だけに当てはまることではない。引退後の余生を過ごしたいと思うすべての人にとって、難しい時間になり得るのだ。凝縮された時間、人目を引く環境でキャリアを送ったアスリートが現在直面しているチャレンジは、名スポーツ選手が現実の世界にかかわる準備を整える上で経験する、最も典型的な試練なのかもしれない。

原文:Lamar Odom shows the difficult road athletes face in retirement by Kevin L. Burke/Sporting News

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NBA日本公式サイト『NBA Japan』編集スタッフ