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[杉浦大介コラム第73回]“新たな希望”を手に入れた今季のニックス

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Knicks Kristaps Porzingis

好スタートを切ったニックス

上り調子のチームのロッカールームは明るいものだ。11月20日(日本時間21日)、マディソン・スクエア・ガーデンでロサンゼルス・クリッパーズを107-85で下した直後、ニューヨーク・ニックスの選手たちも笑顔と軽口が絶えなかった。

12得点、16リバウンドのエネス・カンター、ベンチからの出場で5本の3ポイントシュートを決めたダグ・マクダーモットが互いの活躍を冷やかし合っている。チーム最多の25得点をマークしたクリスタプス・ポルジンギスは、「僕はあまり面白いことが言えないから」とメディアの質問に答えながら苦笑いしている。このような選手たちの明るい表情は、過去数年、MSGのロッカールームではなかなか見れないものだった。

いわゆる“カーメロ・アンソニー以降”の今季のニックスは、まずは好スタートを切ったと言っていい。2017-18シーズン最初の16戦を終えて9勝7敗。オフにエースのアンソニーを放出し、開幕からいきなり3連敗を喫したことを考えれば、以降の戦いぶりはポジティブに捉えて良いはずだ。

「開幕当初は自分たちを疑っていた。それが今では、どんなチームが相手でも競い合えると疑いなく思えるようになった。自信を得たよ。敗北は真剣に受け止め、毎試合に勝ちたいと思ってプレイしている」。

ジェフ・ホーナセックもそう語り、チームの進歩に目を細めている。具体的には、向上の要因として3つの要素が挙げられている。ボール回しがスムーズになったこと、選手たちが常にハードにプレイしていること、そしてポルジンギスがアンソニーに変わるエースとしてその立場を確立したことだ。

「ボールが良く動き、選手たちもスムーズに動くようになった。立ち止まって、誰か一人がプレイするのを見たりはしていない。今後もボールを十分に動かして、KPが孤立しないように留意していく必要がある」。

ホーナセックのそんな言葉にあるように、チーム全体がより献身的になったことは、ここまでオフェンシブレイティングは11位(昨季は18位)で、アシスト率も11位(同23位)という数字に表れている。ボール独占型ではないポルジンギスの1試合あたりのフィールドゴール試投数が昨季比で6本近くも増えているのは、良好なスペース作りとボールムーブメントのたまもの。おかげで22歳のラトビア人は、ここまで平均27.6得点、7.1リバウンドという好成績を残している。

“カーメロのチーム”から“クリスタプスのチーム”へ

「(ポルジンギスは)とてつもない選手になっていくだろう」。

クリッパーズ戦の前にドック・リバースHCが語ったそんな言葉も実感がこもって聞こえた。7フィート3インチ(221cm)という長身でありながら、シュート力、イン&アウトのどちらもこなせる多彩なスキルを備えた超万能派プレイヤー。最初の10試合でチーム記録の300得点をあげた今季序盤戦で、その莫大なポテンシャルを改めて披露した感がある。

「ニックスは“カーメロのチーム”から“クリスタプスのチーム”にスムーズに移行している。ボールをシェアし、ハードに動き、お互いのためにプレイしている。ベストプレイヤー(=ポルジンギス)の特徴がチームに浸透しているのだろう」。

クリッパーズ戦後、『ニューヨーク・デイリーニューズ』のフランク・アイゾラ記者はそう記していた。ここで指し示されている通り、アンソニーの放出はチームにポジティブな効用をもたらしたようだ。就任期間中はトライアングル・オフェンスに固執したフィル・ジャクソン球団社長の事実上の更迭も、どうやら成功だったように見える。

「去年の私たちは、私たちが得意とするスタイルと(ジャクソンの望む)トライアングルをミックスしようとしていた。今季はそれをしていない」。

そんなホーナセックの言葉からは、もともと得意とする、よりアップテンポのスタイルを指導できる指揮官の喜びが感じられる。

Knicks Kristaps Porzingis Jeff Hornacek
首脳陣の体制が代わったことでホーナセックHCにとってもやりやすい環境が整った

「今季のジェフ(ホーナセック)は誰かに何かを言われることなく、自分の望むことができている。だから僕たちも自信を持ってプレイできる。おかげで気分が良いよ」。

ポルジンギスの笑顔は、ジャクソン、ホーナセック、カーメロという不揃いな“トップ3”体制が解消され、チーム内の空気が良くなったことを指し示している。

過去の失敗の責任を1~2人になすり付けようとするのはアンフェアだが、NBA、アメリカンスポーツとはそういうものだ。アイソレーションの得意なアンソニー、HCとしては伝説的なジャクソンの過去の実績はリスペクトした上でも、前体制でのニックスは結果が出ておらず、もう限界だった。新たなチーム作りに移行するのに、今夏が適切な時期だったことは確かなのだろう。

正しい方向に進んでいることはおそらく事実

もちろんこのまますべてがスムーズに進むわけではないはずだ。ここまでの16戦中11戦がホームゲームと、序盤戦はスケジュールに恵まれた感がある。ロードでは1勝4敗と苦しんでおり、今後に敵地でも勝てることを示していかなければならない。

11月13日(同14日)にはクリーブランド・キャバリアーズに23点差をひっくり返されての逆転負け、17日(同18日)にはトロント・ラプターズに惨敗するなど、力のあるチームには苦しんでいる。そんな姿を見る限り、力の劣るイースタン・カンファレンス内でも、今季中のプレイオフ進出が果たせるかどうかは微妙か。新人PGのフランク・ニリキナ、開幕からベンチに縛り付けられているビリー・エルナンゴメスの本格化にも時間はかかりそうで、一回り若返ったこのチームを少し長い目で見る必要があるのだろう。

ただたとえそうだとしても、過去4年はポストシーズンから見放されてきた名門チームが、正しい方向に進んでいることはおそらく事実だ。スティーブ・ミルズ球団社長、スティーブ・ペリーGMをトップに、ポルジンギスというチーム作りの柱が手に入った。あとはその周囲に肉付けしていけば良い。その過程でも試練は訪れるに違いないが、現時点では、方向性がはっきりしただけでも収穫と言える。

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ポルジンギスを中心にニリキナ(#11)やティム・ハーダウェイJr.(#3)などチームの多くの選手が成長を続けている

「これまで練習で多くのことを試みて、それが少しずつゲームでもできるようになってきた。これを続けられれば、いろいろな可能性が開けていくはずなんだ」。

ポルジンギスが言及した扉の向こうに、本当に明るい未来が広がっているのかどうかはわからない。しかし、少なくとも、ファンも、関係者も、そして選手たちも、この先の道のりを楽しみにすることはできる。希望があれば少しずつでも前に進める。クリッパーズ戦後の陽気なロッカールームは、ニックスが“新たな希望”を手にしたことを象徴しているかのようだった。

文:杉浦大介  Twitter: @daisukesugiura

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杉浦大介 Daisuke Sugiura Photo

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。