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[杉浦大介コラム第56回]重要なオフシーズンを迎えるセルティックス

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好感を抱かせる好チーム

アトランタ・ホークスとのシリーズ第6戦に敗れてプレイオフ・ファーストラウンドでの敗退が決まった後、ボストン・セルティックスのアイザイア・トーマスは真っ赤な目で記者会見の壇上に現れた。シーズン終了の悔しさから、涙を流していたことは明白だった。

「僕たちはすべてを出し尽くしたから、今はエモーショナルになっている。誰も下を向かない、特別なチームだった。だからこそ、今はとても辛いよ」。

そんなトーマスの言葉通り、2015-16シーズンのボストン・セルティックスは見る者に好感を抱かせる好チームだった。

スーパースターは不在ながら、チーム一丸となった全員バスケで大健闘した。トーマス、エイブリー・ブラッドリー、ジェイ・クロウダー、マーカス・スマートといった職人的選手たちの頑張りには見応えがあった。

ロスターに大金を費すこともなく、過去3年は25、40、48勝と順調に勝ち星を伸ばしてきたことも特筆に値する。これまでやや過小評価されてきた身長175cmの小柄なトーマスが、チームの看板的な存在になったことは現在のセルティックスを象徴しているのだろう。

「このままいけばNBA史上最高のコーチの一人になるチャンスがある。まだ向上中であり、そんな彼をコーチとして抱えている私たちは幸運だ」。

ダニー・エインジGMのコメントは身びいきではなく、39歳のブラッド・スティーブンズ・ヘッドコーチの指導力も高く評価されるようになった。エバン・ターナー、ヨナス・ジュレブコといった脇役たちの良さを引き出す指揮官の眼力は見事だ。

ケミストリー、優れたコーチ、熱狂的なファン層といったチームにとって大切な要素を備える伝統フランチャイズの未来に、楽観的な関係者は数多い。

プレイオフ進出を果たしたセルティックスは今オフ、様々な選択肢を保持している

今のチームの限界

もっともその一方で、過去2年のプレイオフでの戦いの中で、セルティックスに足りないものが明白に晒されたのも事実だ。1年前のファーストラウンドでは、レブロン・ジェームズ率いるクリーブランド・キャバリアーズに4連敗を喫した。今季に対戦したホークスはセルティックスと同型のスター不在のチームだが、それでもジェフ・ティーグ、ポール・ミルサップ、アル・ホーフォードなど、ホークスの攻撃の武器の数がシリーズの決め手になった感があった。

「今季はイーストのトップ4シードを争ったのだから、向上したと言える。ただ、これまで多くの人から難しいことは2つあると言われてきた。(最初のステップは)攻守両面でトップ10~15位に入る好チームになること。私たちは3年かけてここに辿り着いた。そして、次の段階に進むのはさらに難しい。今シリーズでもそれを学んだよ」。

敗戦後にスティーブンズHCはそう語り、今のチームには限界があることを半ば認めてきた。チームプレイでシーズン中に好成績をあげることはできても、プレイオフでは強力なプレイメーカーの存在が必須であり、常にスーパースターを中心に動くNBAで、原型のセルティックスがこれ以上勝ち進むのは難しいということを指揮官もわかっているということだ。“次の段階”に進むためには、苦しい時間帯に独力で活路を切り開ける強力な武器がどうしても必要である。

問われるエインジGMの手腕

大きな進歩を感じさせ、同時に足りないものが明白になったシーズンを終え、来るべきオフはセルティックスにとって重要な季節になる。

現在のロスターに30歳以上の選手は1人もおらず、主力は来季年俸650万ドルのトーマス、同820万ドルのブラッドリー、同650万ドルのクロウダーと、安価の選手ばかり。時を同じくして、リーグの新テレビ契約がスタートする来季は、サラリーキャップが9000万ドル程度まで拡大すると見られている。おかげでセルティックスは、マックス契約の選手を1~2人獲得できるほどのキャップスペースを得ることになる。

加えて6月のドラフトでは、3つの1巡目、5つの2巡目指名権を保持している。なかでも、2013年7月にポール・ピアース、ケビン・ガーネットを放出するトレードで獲得したブルックリン・ネッツのドラフト1巡目指名権はロッタリーピックであり、全体1位の確率は15.6%、2位以内の確率は31.3%と上位指名権に化ける可能性が高い。ピンポン球の行方次第では、ベン・シモンズ(ルイジアナ州立大)、ブランドン・イングラム(デューク大)といったスーパースター候補を獲得できる可能性も十分にある。

「長い目で見れば、私たちの進歩に自信を持っている。未来へのフレキシビリティを生かし、良い形で前に進んでいけるはずだ」。

スティーブンズHCがそう述べた通り、今オフのセルティックスのキーワードは“フレキシビリティ”だろう。オーソドックスにドラフト1巡目指名権で3人の新人を得て、加えてフリーエージェント選手を1~2人獲得する。あるいはドラフト指名権を放出してスター選手を狙う手段もある。豊富なサラリーキャップ、ドラフト指名権を生かし、様々な形でのチーム作りが可能なのだ。

「このチームのみんなが大好きだけど、もっと上にいかなければいけない。ダニー(エインジGM)が彼の仕事をやってくれることは分かっている。僕たちはもっと良いチームになるよ」。

今季、ゴートゥガイとして奮闘してきたトーマスもそう語り、ロスターの向上を促している。その言葉通り、これから始まるオフシーズンの中で、大胆不敵な策を好むエインジGMの手腕が再び問われることになる。

大胆なトレードを断行してきたダニー・エインジGMは今オフどんな補強を行なうのか

獲得がどれだけ現実的かはともかく、FAの中で最大のターゲットはケビン・デュラント(オクラホマシティ・サンダー)だろう。

「ボストンの街が大好きだ。寒いけど、人々はスポーツを本当に愛している。家族的な雰囲気も感じるしね。(チームは)ハードにプレイするし、コーチ、システムを信じている。特に地元では凄いエネルギーでプレイするね」。

3月16日の今季唯一のボストンでのゲームの際、デュラントはそう述べていた。冬は極寒という気候も災いし、これまでFAの大物がセルティックス移籍を選ぶことは稀だった。しかし、FAに関する質問には口が重かったデュラントが、ボストンの街に好意的だったのは良いサインだと言っていい。

優れたコーチ、献身的なロスターを持ち、競争相手の少ないカンファレンスに属するセルティックスに、現役屈指のスコアラーが加われば――。デュラント本人もそんな想像を巡らせたことはあるだろう。サンダー残留が有力とはいえ、セルティックスを“KD争奪戦”のダークホースに挙げるメディアは少なくない。

デュラント強奪が叶わなかった場合には、FAのホーフォード、ドワイト・ハワード(ヒューストン・ロケッツ)、デマー・デローザン(トロント・ラプターズ)と交渉することも可能だろう。あるいはドラフト指名権と引き換えに、トレードの噂が絶えないカーメロ・アンソニー(ニューヨーク・ニックス)、ジミー・バトラー(シカゴ・ブルズ)、ブルック・ロペス(ブルックリン・ネッツ)らを狙う手もある。もしくは莫大な才能と精神面の不安が同居するデマーカス・カズンズ(サクラメント・キングス)をトレードで獲得する大博打に出ることも考えられる。さもなくば、スーパースターではなくとも、ニコラス・バトゥーム(シャーロット・ホーネッツ)、ハリソン・バーンズ(ゴールデンステイト・ウォリアーズ)、ブラッドリー・ビール(ワシントン・ウィザーズ)といった好選手を狙うか。とにかく様々な方向性が考えられるだけに、フロントの選択は重要になる。

ケビン・デュラント級のスコアラーの獲得を狙うのか?

2年連続でプレイオフ・ファーストラウンドで敗れたにもかかわらず、シーズン終了後のボストンに悲観的なムードはなかった。その理由は、未来への大きな可能性を保持しているからだ。

“Sleeping Giant”(眠れる巨人)。あるリーグスカウトは、今のセルティックスをそう評していた。プレイオフに進んだチームを“眠れる”と表現するのはやや言い過ぎだが、リーグ史上最多の優勝回数を誇る名門だけに、そんな形容も間違いではないのだろう。もし今オフに的確な補強を成功させることができれば、“NBAの巨人”に戻る可能性は十分にある。

まずは5月17日にニューヨークで催されるドラフトロッタリーに注目が集まる。ここで指名順位が決まった瞬間、セルティックスの新たなチーム作り、補強策の歯車がゴトリと音を立てて動き出す。

「僕たちのファンは素晴らしい。この街は素晴らしいスポーツタウンだ。セルティックスのバスケットボールを知ってしまったら、もうほかのどこにも行きたくない。僕たちがもっと良いプレイをしていけば、より多くの選手がボストンでプレイしたいと思うようになるんじゃないかな」。

TDガーデンの熱狂の中に身を置いた経験がある者なら、トーマスのそんなコメントが大げさではないと気づくはずだ。

そして、そんな地元をさらに熱くするために、彼らはこのオフ、多くの選択を迫られることになる。2007年夏にガーネットとレイ・アレンを続けて獲得し、全米を震撼させた、あの伝説的なオフがここで再現される可能性もある。

すべてのカギを握るエインジGMの背中から、今後しばらくは目を離すべきではない。

文:杉浦大介  Twitter: @daisukesugiura

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杉浦大介 Daisuke Sugiura Photo

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。