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[杉浦大介コラム第45回]新体制で今季に臨むブルズが目指すべき道

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Derrick Rose, Bulls

「何が訊きたいんだい? 質問してくれよ?」。

フィラデルフィアで行なわれた11月9日(日本時間10日)のフィラデルフィア・76ers対シカゴ・ブルズ戦後のこと。ロッカールームでブルズのダグ・マクダーモットを囲んだメディアに紛れ、ジミー・バトラーがペンをレコーダーに見立てて差し出すシーンがあった。そのバトラーにマグダーモットが突っ込みを入れ、賑やかな笑いに包まれたのだった。

選手たちが上機嫌だったのは当然だろう。この日はニコラ・ミロティッチが20得点、マクダーモットが18得点、パウ・ガソルが16得点、ローズが12得点、7アシストをあげて、111-88で76ersに快勝した。故障中のジョアキム・ノア、カーク・ハインリック、マイク・ダンリービーが不在でも、ブルズには攻撃の武器が十分にあることをアピールしてみせた。

「今日のようにボールがサイドによく動けば、良いシュートを打つチャンスが生まれる。デリック(ローズ)も良い仕事をしてくれた」。

多くの選手が様々な形で貢献し、層の厚さを改めて印象付けた勝利のあと、フレッド・ホイバーグ・ヘッドコーチも満足気だった。

「(ホイバーグHCは)僕たちに自由にシュートする機会を与えてくれる。今では多くの3ポイントシュートを手に取るようになった。コーチはとてもレイドバックした性格で、自信を持って僕たちに任せてくれているんだ」。

そんなローズの言葉の明るいトーン、冒頭の掛け合いが象徴する通り、今季のブルズを包む空気は昨季までとかなり変わった様子が見てとれる。

5年間にわたって筋金入りのディフェンスをブルズに叩き込んだトム・シボドーHCがチームを去り、代わりに43歳のホイバーグが新コーチに就任。新指揮官はより攻撃的な戦術を標榜し、イメージチェンジと2015-16シーズンの優勝争いを誓ったのだった。

馴染みのあるストーリーだと気づく人もいるのではないか。現役時代はシューターだった若きコーチが、前年に50勝以上をあげたタレント集団を引き継ぎ、ペースアップを目標に掲げ、よりエキサイティングなスタイルで上位進出を狙う――。

そう、ホイバーグの現在の立ち位置は、昨季にゴールデンステイト・ウォリアーズを頂点に押し上げることになった1年前のスティーブ・カーのそれによく似ている。

ローズ、ジミー・バトラーの元オールスターガードデュオを軸に、ダンリービー、マクダーモット、ミロティッチとシューターも揃っている。ガソル、ノア、ミロティッチ、タージ・ギブソンはすべて、どのチームでも先発を務められるレベルのビッグマンたちだ。オフェンスの武器は、ブルズもウォリアーズに優るとも劣らないほどに擁している。だとすれば、上手くいけば、ブルズもより魅力的なチームになり得るはずである。

これからどんなチームになっていきたいのか?

もっとも、一部の選手たちの明るさに反して、フィラデルフィアを訪れた際、地元記者を中心とする多くのメディアがブルズの今後を不安視していた。

開幕7連敗の76ersに勝った時点で、今季最初の8戦で5勝3敗という成績はまずまずのスタートと言える。ただ、開幕戦でクリーブランド・キャバリアーズ、11月5日にはオクラホマシティ・サンダーを下したかと思えば、3日にはシャーロット・ホーネッツに大量130点を許して惨敗を喫した。7日には地元でのミネソタ・ティンバーウルブズ戦でオーバータイムの5分間を無得点に終わって敗れるなど、波の大きさが少々気にかかる。 

「目標とするスタイルとロスターがフィットしていないために、アイデンティティのないチームになってしまっている」。

ある地元記者がそう述べていたのも一理あるのだろう。確かに武器は多いが、現在のブルズの陣容は、実はアップテンポのプレイに必ずしも適しているとは言えない。ローズは故障への不安が残り、ステフィン・カリーのようにロングジャンパーで周囲にスペースを開くタイプではないし、ガソル、ひざの故障を抱えるノアはコートを走り回る戦術にハマるビッグマンではない。また、マクダーモット、ミロティッチといったシューターも、まだNBAで確固たる実績を残していない。

「これからどんなチームになっていきたいのか、決意を固めなければいけない。『アップ&ダウンの激しい面白いゲームをやる、優勝のチャンスはないチーム』にはなりたくない。これまではそんなプレイをしてしまっているよ」。

ガソルのこの正直なコメントは、ブルズの現状を分かり易く表しているように思えた。

過去5年間、シボドー体制下のブルズはディフェンスを固め、接戦を抜け出すのが勝ちパターンだった。派手さに欠けるスタイルから一線を画すのは良いが、ほぼ同じロスターでのモデルチェンジは容易ではない。目指す戦術に適したメンバーがすでに集まっていたウォリアーズが成功したからといって、ブルズにも同じことができるという保証はもちろんない。

9日のフィラデルフィアでの試合内容は良かった。だが、長い再建の途上にいる76ersの不甲斐なさに助けられた感もあった。おそらく、形になるのにまだ時間はかかるのだろう。徐々に向上する可能性は高いが、ガソルが危惧する通り、“エキサイティングでも現実的に優勝争い参入は難しい”ありがちな中堅チームになってしまっても不思議はない。それどころか、堅守という最大の長所を失い、根本から崩れてしまうこともあり得ない話ではないのかもしれない。

現状のメンバーで本当に勝ちにいけるのかということ

2011年にはシーズン62勝をあげて最優秀コーチ賞を受賞、2012年に史上最速で通算100勝に到達、5年間の通算勝率64.7%(255勝139敗)といった、これらの輝かしい数字を見るまでもなく、シボドー前HCがシカゴで積み上げた実績の素晴らしさに疑問の余地はない。しかし、昨季のブルズは100ポゼッションあたりで104.3失点と、自慢の守備が停滞した。過去4年はすべてリーグ6位以内だった守備レイティング(100ポゼッションあたりの失点)は11位まで沈み、シボドーの神通力も薄れたと囁かれた。

前HCの決定的な解任理由はフロントとの対立とされたが、いずれにしても潮時に思えた。常に最大級の献身をチームに求めるシボドー政権がもたらす緊張感は最高潮に達しており、ブルズが別の方向に進むには適切な時期だったのだろう。

「これまでとは違うけど、オフェンスのペースが上がったことはシューターの僕には適している。まだ発展途上だけどね。フレッドはスティーブ・カーほど良い選手だったわけではないけど(笑)、彼のシステムの中でシューター役を務めるのは良いものだ。良くなっていけると思っているよ」。

76ers戦後にそう語っていたマクダーモットをはじめ、手応えを口にする選手は少なくない。やはり攻撃的なほうがプレイするほうも楽しいのだろう。周囲の懸念をよそに、ローズを筆頭に、多くの選手たちが今季の変化に好意的なことは好材料に違いない。問題は、現状のメンバーで本当に勝ちにいけるのかということだ。

「新コーチの指揮下のオフェンスでは、ドライブの機会と、トランジションからミッドレンジのジャンパーを放つチャンスが頻繁に訪れる。オープンスペースが生まれるからね。このスタイルに慣れていかなければいけない。(これまでの)システムで3~4年もプレイしてきたから、少しリズムがずれてしまっている」。

プレシーズン戦時にローズは地元メディアにそう語っていたが、実際に今のブルズの選手たちには、シボドーに叩き込まれた戦術が染み込んでいる。多少の時間をかけても新スタイルを浸透させていくか、あるいは一部で根強く噂されるローズの放出を含め、ロスターをマイナーチェンジしていくのか。この先、ホイバーグとブルズはそれを見極めていかなければならない。

「紙の上では僕たちはとても良いチームだ。ただ、毎晩ハードにプレイし、集中し続けることができるかどうかは自分たち次第。攻守両面で持てる力を発揮できれば、素晴らしいチームになっていけるはずなんだ」。

バトラーのこの言葉は決して的外れなものだとは思わない。攻守が噛み合えば、ブルズはNBAのエリートチームの一つと見なされるようになることも可能だろう。キャブズが頭一つ抜けていると目されるイースタン・カンファレンスで、現実的に7戦シリーズで大本命に勝つチャンスがあるのはブルズくらいではないか。

今季目指すべきは、勝負所での堅守、ハードワークといった昨季までの良い部分に、よりアップテンポで魅力的なオールラウンド性を加えたチーム。そんな理想形へ到達し、その先にある打倒キャブズを果たすため、ホイバーグHC、フロントの手腕が問われていくことになる。

新体制1年目で最高の結果を出すのは容易ではないが、絶対に不可能なわけではない。それは新コーチの比較対象に挙げられるカーHCが、昨季ゴールデンステイトで証明したことでもある。そんな過去の成功例にもならい、ブルズとホイバーグはこれからどんなストーリーを描いていくのだろうか。

再出発を切ったシカゴの名門チームから、しばらく目が離せそうにない。

文:杉浦大介  Twitter: @daisukesugiura

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杉浦大介 Daisuke Sugiura Photo

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。