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[杉浦大介コラム第43回]“カーメロの仇敵”サーシャ・ブヤチッチがニックスにもたらすもの

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Sasha Vujacic, Knicks

サーシャが大嫌いだった

約8年前、ニューヨーク・ニックスのエース、カーメロ・アンソニーがまだデンバー・ナゲッツの一員だった頃のこと。当時、ロサンゼルス・レイカーズでプレイしていたサーシャ・ブヤチッチの首を、カーメロは試合中に思わず締めようとしたことがあったという。

「サーシャが大嫌いだったんだ。2度ほどやりあったことがあったな。ダーティで抜け目のない選手で、ジャージーを掴んだり、プレイが終わった後にファウルしたりする。彼の国の言葉を喋ってくるから、余計に腹が立った」。

時は流れ、ブヤチッチは今年7月にニックスと1年契約を結び、カーメロの同僚になった。立場が変わった今となっては、“仇敵”に対するカーメロの見方もだいぶ変わったようである。

「エネルギーに満ち溢れたベテランの彼がこのチームにいることは、大きなプラス材料だ。サーシャは自分が何をするべきかわかっているし、僕たちが目指すシステムも理解しているからね」。

そう語るカーメロとブヤチッチは、トレーニングキャンプ開始直後に過去の因縁を笑って話し合ったという。

こんなエピソードが象徴的なのだろう。スロベニア出身のブヤチッチは、典型的な“敵に廻すと厄介だが、味方になると楽しい”タイプの選手であるに違いない。

2004年にドラフトでレイカーズから指名を受けたブヤチッチは、以降はロングジャンパーの得意なコンボガードとして活躍した。主にベンチ出場ながら、2007-08シーズンには平均17.8分の出場で8.8得点をマーク。2009、2010年には2年連続でファイナル制覇を果たしたチームの一員にもなっている。

もっとも、だからといって全国区の選手だったわけではない。“マシン”と呼ばれた得点力より、むしろカーメロを憤慨させたような勝気なプレイと、コービー・ブライアントの弟分的なキャラクターのほうで存在感を勝ち得ていた。

そんなブヤチッチは、今季、新天地のニューヨークでどんな役割を果たすのか? ニックスが過去4年間を主に欧州でプレイしていた31歳を獲得した背景に、レイカーズ時代から馴染みのデレック・フィッシャー・ヘッドコーチ、フィル・ジャクソン球団社長のポリシーを知り抜いているという事実があるのは間違いない。

「彼は私たちが何を成し遂げたいと思っているかをよく理解している。同時にエネルギーと気迫を備えている」。

ジャクソンのそんな言葉通り、“禅マスター”の下で5年プレーした経験があるブヤチッチは、トライアングルオフェンスにも精通する。新天地ではアーロン・アフラロの控えになることが濃厚だが、練習、ゲームを通じて、難解なオフェンスをスムーズに導入する助けになるだけでも存在価値はあるはずだ。

極めて負けず嫌いの性格だから、練習をより激しいものにしてくれる

そしてもう一つ。メディアデー、プレシーズン戦を通じ、ニックスは31歳になったブヤチッチにコート外での貢献も期待しているように見えた。

「キャリアのこの時点でのサーシャは、リーダーとして確立したいと考えて、そのように振る舞っている。コート上のパフォーマンスだけでなく、ボーカルリーダーとしても助けてくれる。もともと極めて負けず嫌いの性格だから、練習をより激しいものにしてくれるんだ」。

フィッシャーがそう目を細める通り、ブヤチッチはアフラロ、ロビン・ロペス、カイル・オクインといった他の新加入選手とは一味違う存在感を醸し出している。

20歳でNBAに飛び込んだ細身のスロベニア人は、キャリア初期の頃は子供っぽさばかりが目に付いた。英語が母国語ではないこともあって、口調もどこか初々しかったものだ。筆者が彼にキャリアのベストモーメントを訪ねた際、「それよりも最悪の瞬間のほうが多いから、そっちを挙げても良いかい?」などと返答し、恥ずかしい思い出を延々と話し続けてくれたことも微笑ましい思い出である。

しかし、当然のことだが、31歳になった今のブヤチッチから当時の無垢さは消え失せた。若くしてフィッシャー、コービーのようなベテランに囲まれ、数年前には女子テニスのスター、マリア・シャラポワとのロマンスで世間を騒がせたこともあった。過去4年はトルコ、イタリア、スペインを転戦し、さらに様々な経験を積み重ねたのだろう。中国人記者に質問された際に「ニーハオ」と返す茶目っ気は変わらずとも、一方で成熟した大人の余裕も感じさせるようになっている。

特に今年度のドラフト全体4位で入団したラトビア出身のクリスタプス・ポルジンギスの目に、欧州出身の先輩は頼もしく映るに違いない。

「サーシャは僕の師匠。1日中彼について回っているんだ。ジョークを言い合うこともあれば、怒らせることもある。ただ、必要なときはいつでも助けてくれるよ」。

20歳のルーキーはそう語り、スペインリーグ時代に対戦経験もあるというブヤチッチと実際に常に行動を共にしている。また、大黒柱のカーメロにとっても、同い歳の“仇敵”が加入したことは大きいのかもしれない。

ニックスの新しい"旅”の一部になりたい

レイカーズ時代にコービーと同僚だったブヤチッチは、スーパースターのスコアラーとボールをシェアする方法を熟知している。何より、カーメロ自身が身を持って知らされた通り、フィジカルに強いタイプではなくとも、ブヤチッチはチームのために身体を張ってくれる選手でもある。

シーズン通算54勝をあげた2012-13シーズンのニックスでは、カーメロが絶対的なエースとして君臨し、周囲をジェイソン・キッド、カート・トーマス、ラシード・ウォーレス、マーカス・キャンビーといった個性的なベテランたちが囲むことでチーム内にケミストリーが生まれた。その後、ベテランたちがチームを去るとともにリーダーシップは消失。好漢のカーメロも生粋のリーダータイプではなく、その面でやや物足りなさが残る。そんなチームに、ブヤチッチのような海千山千のベテランが加わることの意味は大きいに違いない。

「ニックスで新しいチーム作りが始まっているのを知って以来、その“旅”の一部になりたかった。僕は今のほうが良い選手になったと思う。若くしてこのリーグに入って、最高の選手たちから学ぶという喜びを経験できた。そのことが今でも役立っている。このチームを助けられると思っているよ」。

自信に満ちた表情でそう語るブヤチッチは、ニューヨークにどんな貢献をもたらすのか。コービー、フィッシャーに育てられ、時に対戦相手のエースを激怒させ、以降も多くの経験を積み重ねてきた“マシン”は、キッド、ラシードほどの強烈なリーダーにはなれずとも、彼らしい形で統率力を発揮するだろう。

たとえプレイタイムは多くなくとも、知力と負けず嫌いの精神をチームに注入することはできる。スタッツ以外の面でも、低迷脱出を目指すチームを押し上げることはできる。ニックスが今季に予想以上の成績を残すことがあれば、そのときには、カーメロ、ポルジンギスをはじめ、多くの選手たちがベテラン・ジャーニーマンの存在に少なからず感謝することになるのかもしれない。

文:杉浦大介  Twitter: @daisukesugiura

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杉浦大介 Daisuke Sugiura Photo

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。