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[杉浦大介コラム第41回]アンドレ・イグダーラ――予想外のファイナルMVP

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Andre Iguodala 2015 NBA Finals MVP

予想外のファイナルMVP

今季のNBAファイナルをゴールデンステイト・ウォリアーズが制することは予想できても、アンドレ・イグダーラがMVPを獲得すると考えたファン、関係者はまずいなかったはずだ。

歴史上でも最も意外な受賞者の1人と言っていい。シリーズ平均16.3得点、5.8リバウンド、4.0アシストはオールラウンドな好成績ではあるが、平均得点はファイナルMVP受賞選手のなかで史上3番目の低さだった。第4戦からスターター入りしたが、レギュラーシーズンで1試合も先発せずに同賞を獲得したのはこれが初めてのケースになる。

もっとも、だからといって、イグダーラがMVPに値しないと言いたいわけではない。メインのスコアラーではなくとも、ディフェンス面でクリーブランド・キャバリアーズの大黒柱レブロン・ジェイムズをほかの誰よりも苦しめた。ロッカールームのリーダーとして、ウォリアーズの優勝の立役者の1人になった。

“ロールプレーヤー”と呼べる選手のMVP受賞は、ある意味で、全員プレーが売り物だった今季のウォリアーズを象徴していた。そして、特にそんなイグダーラの軌跡をフィラデルフィア・76ers時代から見てきた者は、今回の優勝とMVP獲得に感慨深い想いを抱いたことだろう。

2004年にドラフト全体9位で76ers入りしたイグダーラは、以降の8シーズンをフィラデルフィアで過ごした。類い稀な身体能力、守備力を武器に全615戦に先発出場し、2006年のオールスターウィークエンドのスラムダンクコンテストでは準優勝。2012年にはオールスターにも選ばれ、同年にはアメリカ代表の一員としてロンドン五輪での金メダル獲得にも貢献した。

しかし、一見すると輝かしいそれらの実績を残した一方で、イグダーラはフィラデルフィアで心底愛される存在とはとても言えなかった。

「とても良い選手ではあるが、スターではない」。

元ESPN.comのクリス・シェリダン記者がそう言えば、地元テレビ局『コムキャスト・スポーツネット』でリポーターを務めるディー・ライナム氏は「いわゆる中堅スター。スーパースターではない」とばっさり。2008年オフに6年8000万ドルという大型契約を手にした選手を表現するのに、これらは褒め言葉とは言えまい。

台頭したタイミングも不運ではあったのだろう。チームの象徴的存在だったアレン・アイバーソンが2006-07シーズン中に移籍すると、以降は繰り上がるようにエース役に就任せざるを得なかった。

「アレンは僕にとって兄貴のような存在だった。僕がなにか問題を抱えないようにいつでも気を配ってくれた。チームを去って欲しくなかったよ。僕は彼の代わりにはなれないし、なろうとするつもりもない。もちろん“ゴー・トゥ・ガイ”の役割を避けるつもりはないけど、僕はコービー(ブライアント)やレブロンのようになれるとは思っていないからね」。

2008年に筆者が行なったインタビューではそんなことを語っていたが、地元ファンの“もう一人のAI”への期待は、本人が考えている以上に大きかった。生粋のスコアラータイプではないにもかかわらず、フィリーの街でも歴史的人気アスリートだったアイバーソンと否が応でも比較されてしまう羽目になってしまう。

ただ、イグダーラはディフェンス、速攻のフィニッシャーとしては有用でも、独力でチームを押し上げられる素材ではない。結果として、イグダーラが“顔役”を引き継いで以降の76ersは一度もプレーオフ2回戦以降に勝ち進めなかった。そして、そんなエースに周囲は手厳しかった。“アイバーソン以降”は閑古鳥が鳴くようになった地元アリーナで、チーム関係者がばっさりと切り捨てていたことさえあった。

「今ではイグダーラが最高の人気選手だけど、やはりアイバーソンには比べるべくもない。彼ではお客さんは呼べないよ」。

そんな程度の評価なのだから、2012年にデンバー・ナゲッツにトレードされたときも、彼の離脱を惜しむ声はほとんど出てこなかった。移籍以降、ナゲッツ、ウォリアーズの1年目もレギュラーとして出場を続けたが、存在感を徐々に消失していった。このままスターダムから離れ、地味なNBAキャリアを歩んでいくだろうと考えたのは筆者だけではなかったはずだ。

変わらない献身的姿勢

ただ、そんな紆余曲折のキャリアを歩む中で、イグダーラに関して1つだけ変わらなかったことがある。入団当初の若い頃から、チーム重視の献身的姿勢を常に持ち合わせていたことだ。

「チームには僕以外にも武器がある。それを活かせるのも僕の能力だと思って欲しい。シュートが入らない日には何もできないような選手にはなりたくないんだ。そんな選手ってこのリーグにはたくさんいるだろ? 僕はチームメイトたちの力に自信を持っているし、得点以外でも貢献できる自分の能力を誇りに思っている。リバウンドも獲れるし、アシスト、スティールだってできる。とにかく大切なのは“僕”じゃなくて“僕たち”なんだ。自分では、今季は状況に応じたプレーがある程度はできたと思っているよ」。

イグダーラのプレーを見たことがあるファンなら、2008年当時に語っていたそんな言葉が口先だけのものではないと感じられるはずだ。

2011、2014年と2度にわたってオールディフェンシブチームに選ばれていることが示す通り、ペリメーターディフェンスに関してはリーグトップレベル。そして、時は流れて今シーズン、ガード陣にオフェンスの武器が揃ったウォリアーズにイグダーラは最高のハマり具合を見せる。

このチームでの彼の役割は、ベンチから登場するディフェンシブストッパー。オフェンス面での仕事は、フリーで放つスリーを決めることと、速攻からノーマークのダンクを決めること。2人合わせて平均45.8得点をあげたステファン・カリー、クレイ・トンプソンという“スプラッシュ・ブラザーズ”の背後で、それ以上をやろうとする必要はなかった。

「私がこれまで見た中で最も頭の良い選手の1人だ。次に何が起こるかを予期する能力に秀でているから、常に一歩先を行っている。身体能力と認識力を兼備しているからこそ、それが可能になるんだ」。

スティーブ・カーHCもそう語る通り、イグダーラはディフェンス面でディファレンス・メーカー(違いを生み出す選手)的な存在となっていく。そして、今季のウォリアーズの快進撃は、ベンチ出場も問題なく受け入れたイグダーラの姿勢があってのものだったことも付け加えておかなければならない。

ウォリアーズに移籍2年目の今季、開幕前にカーHCからベンチ降格を告げられた。昨季まで758試合連続で先発出場していた元オールスターが憤慨し、例えばトレードを要求しても誰も驚きはしなかったろう。

しかし、イグダーラの献身的姿勢はここでも変わらなかった。指揮官の思いを受け止め、シックスマンとしてプレーすることを受け入れた。セカンドユニットの軸として定着して以降の活躍ぶりは、ここまで記した通りである。

迎えたファイナルでは、イグダーラにガードされたときのレブロンのフィールドゴール成功率が38.1%。特にイグダーラがシュートをチェックした場合は30%という低さだった。また、レブロンが今シリーズ中に犯した21ターンオーバーのうち、13本はイグダーラとマッチアップした際のものだった。こんな数字を振り返れば、イグダーラが先発入りして以降のウォリアーズが3連勝したことも偶然だとは思えない。

「アンドレはMVPを受賞するにふさわしいよ。キャリアを通じてスターターだったのに、ハリソン(バーンズ)を成長させるため、ベンチ出場を受け入れてくれた。それがこのチームの今季の方向性を決定づけたんだ。元オールスターで、オリンピックにも出た選手が、“控えでも構わない”と言ってくれた。その選手が最高の賞を受け取ることで、すべてが報われたんだ」。

カーHCのそんな言葉が示唆する通り、今季、今ポストシーズンのイグダーラの活躍は、私たちに大事なことを教えてくれているようでもある。

誰もがアイバーソンのようになれるわけではないし、なる必要もない。大切なのは、紆余曲折の日々の中でも、自身のスタイルを貫き、与えられた状況下でベストを尽くし続けることなのだ。NBA11年目、31歳にして、イグダーラは彼にとって最善の環境に辿り着き、チームとともに飛翔した。

スターとしては失格の烙印を押されたアスリートが、大舞台で最高の栄誉を獲得――。その希有なストーリーは、このリーグの多くのベテラン選手たち、ロールプレーヤーたちにも新たな希望をもらたすはずである。

文:杉浦大介  Twitter: @daisukesugiura

著者
杉浦大介 Daisuke Sugiura Photo

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。