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[杉浦大介コラム第40回] クリス・マリン――元ドリームチーマーの新たな挑戦

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Chris Mullin Warriors

過去約30年を西海岸で過ごしたクリス・マリンが、故郷に戻って来る――。

初代ドリームチームのメンバーでもあった名シューターが、母校セントジョンズ大学のヘッドコーチに就任することが、3月31日(日本時間4月1日)に発表された。51歳になった地元の英雄のカムバックに、ニューヨークは歓迎ムードに包まれている。

1963年にブルックリンで生まれたマリンは、セントジョンズ大在学中の4年間で学校記録の2440得点をマークして地元のヒーローとなった。その後、NBAでもゴールデンステイト・ウォリアーズなどで16シーズンにわたってスター選手として活躍。1992年の五輪で金メダル獲得に貢献し、2011年にはバスケットボール殿堂入りを果たしている。

これほど輝かしい実績を残した“史上屈指のシューター”が、母校の指揮官として帰還するのだから、“熱狂的”と呼べる歓待も当然なのだろう。

4月1日に行なわれた就任会見は、地元メディアに“盛大なパーティー”と評されたほどに華やかなものになった。5月27日にはヤンキースタジアムでのヤンキース対レンジャーズ戦で始球式に登場し、そこでも大歓声を浴び、多くのメディアに囲まれることにもなった。

セントジョンズ大は、昨季は2011年以来のNCAAトーナメント出場を果たしたものの、マリンが在学中の1985年以降は一度も“ファイナル・フォー”に勝ち上がっていない。そんな母校を再び上位進出に導けば、豊潤なキャリアに新たな勲章が加わると言っていい。

その一方で、今回の仕事はマリンにとっても簡単ではないと考える関係者は少なくない。シラキュース大、ルイビル大、ピッツバーグ大といった強豪校が抜けた現在のビッグイースト・カンファレンスはレベルダウンしたとはいえ、マリンにはコーチとしての経験がない。バスケットボールの設備でも最高クラスとは言えないセントジョンズ大は、現時点でカレッジ界のパワーハウスから遠いところにいるのは事実である。

すでに申し分のない名声を築いているのに、ここでなぜ未知数の仕事を引き受けたのか。歓迎ムードとともに、特に地元では、“ヒーローが晩節を汚しかねない”というリスクの部分に話題が集中している感もある。

もっとも、ニューヨークでメディアの前に登場したマリン本人からは、懸念はほとんど感じられなかった。

「みんなからそんな話をされるのが不思議だよ。これまでもコーチの仕事を模索していて、今回こそが適切な機会だと思った。セントジョンズ大には良い人々が揃い、成功に向かおうとしているからね。私にとってコーチは初体験なのだから、過去のレガシーは関係ない。たとえ上手くいかなくても、選手としての実績で選出された殿堂から弾き出されたりはしないだろう(笑)」。

現役生活を終えた後も、マリンはウォリアーズのバスケットボール部門エグゼクティブ・バイスプレジデント、サクラメント・キングスのシニアアドバイザー、テレビ解説などを務め、一定以上の評価を勝ち得てきた。その言葉の節々からは、華やかなバスケットボール人生を歩んできた者の自信が感じられた。

確かに自身でコーチした経験こそないが、NBA時代にはドン・ネルソン、ラリー・バード、1992年のドリームチームではチャック・デイリー、マイク・シャシェフスキーといった偉大なコーチの下でプレーしてきた。その中からどんなフィロソフィーを取り入れ、どこに独自性を出していくかは興味深い。

そして、カレッジのチーム作りの成功のカギは選手のリクルート次第なのは厳然たる事実だが、マリンはその面でもNBAで人事を担当してきたキャリアが役立つと考えているようである。

「(カレッジのリクルートとNBAの補強に)似ている部分は多いとは思う。NBAのGMを務めていると、すべての選手を見るのは難しいから、スカウトの目に頼ることになる。今ではアシスタントたちがその役目を果たしてくれている。バランス良く選手を揃えていくことを考えているよ」。

マリンの陣頭指揮の下、セントジョンズ大は就任から約2か月ですでに複数の有望選手を迎え入れた。昨季平均14.1得点、3.1アシスト、3.7リバウンドをあげたライシード・ジョーダンが学業成績の問題で出場が微妙になってはいるものの、マーカス・ラベット、マーク・エリソン(元ドラフト1位指名選手パービス・エリソンの息子)らが加わり、以前より層の厚いロスターになると評判だ。

もちろん現実的に考えて、即座に“マーチ・マッドネス”で上位進出可能な全米的強豪に戻ることを期待すべきではないだろう。ただ、ブルックリンで生まれ、クイーンズのカレッジでスターになった地元の星が、50歳を越えて、今度はコーチとしてどんな仕事を成し遂げてくれるかは興味深い。

「ニューヨークに限った話ではないが、物事が変化すると人々は何を予期すれば良いのか分からなくなる。もちろん勝利が最優先だけど、馴染み易さ、快適さ、適切な選手を得ること、正しい方法でプレーすることも大切。特にニューヨークでは、それらを成し遂げた上で勝てば、人々は支えてくれるものなんだ」。

自身のキャリアを通じて構築したマリンのフィロソフィーには、一聴に値する説得力がある。この街で成功する条件も熟知しているだけに、コーチ経験はなくとも、母校の復活を託すのにこれほど適した人材はいないのかもしれない。

“元ドリームチーマーの新たな挑戦”が、ニューヨークのスポーツ界に新たな彩りを加えてくれることは間違いないはずである。

文:杉浦大介  Twitter: @daisukesugiura

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杉浦大介 Daisuke Sugiura Photo

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。