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[杉浦大介コラム第38回] 若きセルティックスが誇示した伝統チームの底力

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Isaiah Thomas Avery Bradley Celtics

「レッツゴー・セルティックス! レッツゴー・セルティックス!」。

現地4月26日、クリーブランド・キャバリアーズを相手にしたイースタン・カンファレンス・プレーオフ1回戦の第4戦終盤、そして試合が終わった後も、地元ボストンファンの大コールがTDガーデンに響き渡った。

セルティックスはこの日も93-101で敗れ、0勝4敗でキャブズに完敗。本来ならば、選手、ファンの両方にとって屈辱的な結果のはずである。プレーオフ1回戦でスウィープ負けしたチームに、スタンディング・オベーションが贈られることなどほとんど前代未聞だろう。

「(ファンの声援には)大きな意味があった。僕たちは毎試合で全力を尽くしてきたし、ファンも常にサポートしてくれた。キャブズ相手ではチャンスがないと諦めても不思議はないのに、20点差を付けられても応援してくれた」。

献身的なファンの姿勢に、エイブリー・ブラッドリーも感激していた。ボストニアンがこのように“敗者へのラブソング”を捧げた背景には、「今季は限られた戦力でここまでよくやってくれた」という想いがあったに違いない。

1月にラジョン・ロンド、ジェフ・グリーンという2人のベストプレーヤーを放出しながら、オールスター以降のセルティックスはイースタン2位の20勝11敗という好成績を残した。38歳の青年ヘッドコーチ、ブラッド・スティーブンズの指揮のもと、スーパースターは不在でも、常にハードにプレーする好感の持てるチームだった。

トレード期限に移籍して来て以降は平均19得点をあげたアイザイア・トーマス、将来性の高さを示した新人マーカス・スマート、オフェンシブ・リバウンドが得意なジャレッド・サリンジャー、ハッスルプレーで人気になったジェイ・クロウダー、ベテランらしい落ち着きを示したエバン・ターナー、リーダーの1人として立場を確立したブラッドリー……シーズン終盤の躍進の過程で、存在感をアピールした選手たちは枚挙に暇がない。

ボストンではNFLのペイトリオッツ、MLBのレッドソックス、NHLのブルーインズが過去5年以内にすべて優勝を飾っている。そんな街の目の肥えたファンから、シーズン最後に大歓声が贈られた事実は、再建途上のフランチャイズが正しい方向に向かっていることの証明だと言っていい。

ただ、その一方で、スティーブンズHCがこう語っていることも忘れるべきではない。

「進歩したのは嬉しいが、私は勝ちたい。だから負けたことに落胆している。様々な意味でさらに向上しなければいけない。勝てばさらに楽しくなるからね。まだ多くのチャレンジが残っているよ」。

過去に17度もファイナルを制したセルティックスが、“向上、成長”に拍手を送ってもらえるのは再建開始後の数年間のみ。最終目標は優勝だけ。冷静な手綱捌きで評価を高めた聡明な指揮官は、まだ就任2年目ながら、このフランチャイズに求められていることをすでに理解しているに違いない。

「一緒にプレーする経験がもっと必要だ。同じメンバーで1年を通じてやっていけば、僕たちはイースタンの2~3位を争える」。

ブラッドリーのそんな言葉通り、現在のセルティックスにはまだ向上の余地が残っているのは確かではある。

トーマス、スマート、サリンジャー、ケリー・オリニクといった若い選手たちは成長が見込める。加えて次期ドラフトでは1巡目、2巡目指名権を2つずつ保持しており、さらに約2000万ドル(約24億円)のキャップスペースまで残している。例えばフリーエージェントでデアンドレ・ジョーダン(ロサンゼルス・クリッパーズ)のような、チームに欠けていた守備型ビッグマンの補強を成し得れば、来季はプレーオフ1回戦のホームコート・アドバンテージが得られる位置(カンファレンス4位以内)を狙うことも十分に可能だろう。

ただその一方で、あくまでファイナル制覇を狙うことを考えれば、プレーオフのキャブズ戦で圧倒的なタレントレベルの違いを思い知らされたのも事実ではある。シーズン中はハードワークとチームプレーで勝ち星を拾えても、プレーオフでは4連敗。怪物レブロン・ジェイムズに屈した今プレーオフに、現在のセルティックスの限界を見た関係者も少なくなかったはずだ。

常にスーパースターを中心に動くのがNBAの世界である。現実的に頂点を狙おうと思えば、献身的なロールプレーヤーだけでなく、超越的なスターがやはり必要ではないか。2007年オフにケビン・ガーネット、レイ・アレンを獲得して元祖“ビッグ3”を完成させ、パワーハウス全盛の現代の先駆者となったダニー・エインジGMはそのことを熟知しているはずである。

実はセルティックスは、1994年のドミニク・ウィルキンズ以来、FAでビッグスターを獲得していないが、その空白を破る大勝負を近未来に仕掛けるか。あるいは向こう2年で計5つ保持するドラフト1巡目指名権を上手く使い、大型トレードをまとめにいくか。スティーブンズ体制下で開花した有用なロールプレーヤーに加え、チームの軸にできる大黒柱が手に入れば、即座の優勝争いも可能に違いない。

補強のターゲットが誰になるかは定かではないが、将来性豊かなコーチ、熱狂的なファン層を持つセルティックスはスター選手にとっても魅力的な職場のはず。このフランチャイズをさらなる成功に導くべく、大胆不敵なエインジGMのお手並みを再び拝見である。

ポール・ピアース、ケビン・ガーネット、レイ・アレンと形成した“ビッグ4”の最後の1人だったロンドを放出した2014-15シーズンは、セルティックスにとって1つの時代の終わりであり、新たな始まりでもあった。そのシーズンにプレーオフに進出し、手厳しくなりがちな地元ファンをも感嘆させたことで、伝統チームの底力を改めて誇示したとも取れる。今後は、ここで手に入れた財産を、究極の目標に向けて繋げていかなければならない。

NBAが誇る名門フランチャイズは、これから再び大きな一歩を踏み出していくことになる。

文:杉浦大介  Twitter: @daisukesugiura

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杉浦大介 Daisuke Sugiura Photo

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。