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[杉浦大介コラム第27回] 新生ニックスに求められる“Patience(忍耐)”

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Carmelo Anthony Knicks

「マディソン・スクウェア・ガーデンは特別な場所。これから何年もこの場所を本拠地にしていけたら良いなと考えているよ」。

現地10月13日、トロント・ラプターズを迎えた本拠地マディソン・スクエア・ガーデンでの今季初のプレシーズン戦開始前――。ニューヨーク・ニックスのデレック・フィッシャー・ヘッドコーチは、晴れやかな表情でそう語った。

フィル・ジャクソン球団社長、フィッシャーHCが先頭に立って引っ張る新時代の幕開けだ。選手、メディア、ファンの間に独特の緊張感が漂い、殺伐とした空気になることも多いこのアリーナを、人望の厚さで知られる新指揮官なら変えてくれるかもしれない。辛辣な記事を書くことで有名な記者にもためらわずに笑顔を向けるフィッシャーに、新鮮さを感じた地元メディアは多かったはずだ。

もっとも、その一方で、この日のゲームを見ても、ニックスのチーム作りにはかなり時間がかかりそうな感は否めない。

76-81でラプターズに敗れたこの試合でのニックスのプレーは、プレシーズンの準備不足を差し引いたとしても精彩を欠くものだった。3ポイントシュートは3/23とまったく決まらず、J.R.・スミスが最初の9分のプレー時間で3ファウルを犯したのをはじめ、主力選手の動きの悪さが目についた。

ニックスは今オフにホセ・カルデロンサミュエル・ダレンベアといった新戦力を獲得した。様変わりしたロスターで、ジャクソン球団社長の標榜するトライアングル・オフェンスを体得していくことは簡単な作業ではあるまい。

「(トライアングル・オフェンスを)学んで行く以外に選択の余地はないんだ。今すぐだろうが、時間がかかろうが、やり遂げるのみ。すでに語ってきた通り、そのために我慢強くやっていくつもりだよ」。

エースのカーメロ・アンソニーは試合後、我慢の大切さを盛んに強調していた。その言葉通り、無惨な結果に終わった昨季を受けて迎える今季は、少なからず忍耐力が必要な過渡期のシーズンとなるのだろう。

存在感、知識、人望といったコーチに必須の要素を兼ね備えているように思えるフィッシャーHCにとっては、まずは一国一城の主としての経験を積み重ねる年となる。また、カーメロ、スミス、カルデロンらにとっては新システムを学ぶ、そしてジャクソン球団社長にとっては自身の構想に合うロールプレーヤーを見極めていくシーズンとなる。今季は下位シードでプレーオフに返り咲くことができれば御の字で、アマーレ・スタウダマイアーアンドレア・バルニャーニとの高額契約が満了する来オフ以降が本格的な勝負のときとなる。

問題は、“忍耐”がこの街の人々の得意分野ではないことだ。時間が必要と頭では理解していても、せっかちで知られるニューヨーカーが本当に長いシーズンを通じて我慢し続けられるのかどうか? 負けが続く時期があっても、長い目で見る度量があるかどうか?

“ニューヨーカー”とひと括りにした中には、ジェイムズ・ドーラン・オーナーも含まれる。移り気で知られるドーラン・オーナーの現場介入は厄介だ。これまでにも、“救世主”と称されて鳴り物入りでニューヨークにやって来たラリー・ブラウン(2005〜06年のHC)、アイザイア・トーマス(2004〜08年に球団社長とHC)、ドニー・ウォルシュ(2008~11年に球団社長)といったビッグネームも、チーム改革を完遂できなかった。今季も思うように勝ち星が伸びず、ドーラン・オーナーが口を挟み始める事態になった場合、ジャクソンとフィッシャーの関係がこじれ、チーム全体がネガティブな方向に進むことも十分に考えられる。

物事が悪い方向に行くと、雪崩のように崩れてしまうのが近年のニックスの特徴でもある。それを許さない人材がいるとすればジャクソンだと思うかもしれないが、ヘッドコーチとして11度の優勝経験を持つ“禅マスター”も、球団エグゼクティブとしてはルーキーであることを忘れるべきではない。

もしも今季、着実なステップを踏み出せれば、ニックスは多くのスター選手にとって再び魅力的な職場となるだろう。そのときには、1年後にフリーエージェントになるマーク・ガソルメンフィス・グリズリーズ。カルデロンと同じスペイン出身)、2年後にマーケットに出るであろうケビン・デュラントオクラホマシティ・サンダー。フィッシャーHCの元同僚)らの獲得の夢も膨らむ。今年3月に球団社長に就任して関係者を驚かせた直後から、ジャクソンがそういった未来予想図を頭に描いていたことは想像に難くない。

そんなシナリオを実現させるべく、選手、ファン、メディア、球団社長、オーナーといったニックスの一員すべての人間にとっての2014-15シーズンのキーワードは“Patience(忍耐)”であると言えよう。ときには待つことも必要だ。明るい未来は、しばしの辛抱の先に見えてくるものなのだから。

そういった意味で、現実的に考えて優勝のチャンスはゼロに近くとも、今季はこのフランチャイズにとって、ターニングポイントとなり得るシーズンだと言っても大げさではないはずだ。

文:杉浦大介  Twitter: @daisukesugiura

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杉浦大介 Daisuke Sugiura Photo

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。