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[青木崇コラム第1回]ピストンズ優勝25周年――バッドボーイズが聖地ザ・パレスに集結

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1988-89シーズンに“バッドボーイズ”と呼ばれたピストンズが、初のタイトルを獲得してから25年。デニス・ロッドマンはアルゼンチンでのクリニックで欠席したが、バッドボーイズの象徴と言われたビル・レインビア、リック・マホーンら当時のメンバーが集結した。メンバー紹介の最後にキャプテンのアイザイア・トーマスの名前がコールされると、ザ・パレスの盛り上がりは最高潮に達した。

メンバーを代表し、トーマスはこうスピーチした。

「すべてのファンに感謝したい。あなたたちのサポートがあったからこそ、壁に当たったり、アップダウンがあっても乗り越えることができた。皆さんの愛情とサポートがなければ、タイトル獲得はなかった。今夜は我々から皆さんへの感謝と愛情をお返しする番だ。私はキャプテンだったけど、リーダーが11人いた」。

レイカーズとセルティックスがタイトルを奪い合っていた80年代に、バッドボーイズは乱闘覚悟の激しいディフェンスやファウルを恐れないチームとして台頭。88年にセルティックスの壁を破り、89年に前年のファイナルで惜敗したレイカーズに4連勝、90年にブレイザーズを4勝1敗で倒して2連覇を達成した。マイケル・ジョーダン擁するブルズは、91年に初優勝を成し遂げるまで3年連続でバッドボーイズに負けていた。

現在のNBAならば、フレグラントファウルの数が2ケタになっても不思議でないほど激しいファウルが多く、レイアップで簡単に得点させないということが徹底されていた。

レブロン・ジェイムスをはじめとする現役選手たちも、バッドボーイズに一目置いている。

今のヒートがバッドボーイズと当時のルールで戦ったらと質問されたジェイムスは、どちらが勝つかの明言を避ける一方で、「乱闘や退場者があってもおかしくない。それはわかっている」と語る。また、ドウェイン・ウェイドは「今のルールなら我々だけど、当時のだとチャンスはないだろうね」とコメントしていた。

バッドボーイズの存在は、タフなディフェンスがなければ頂点に立てないという流れをNBAに作った。

現在ヒートの社長を務めるパット・ライリーは、バッドボーイズにファイナルで敗れたレイカーズの指揮官だった。ライリーは、ニックスで采配するようになって以降、バッドボーイズ同様の激しいディフェンスをするチームを作り、ヒートでも継続させた。

その一方で、バッドボーイズの危険なスタイルを問題視したNBAはルールを改正し、フレグラントファウルの基準と乱闘への処分を厳しくしていった。

いい意味でも悪い意味でも、バッドボーイズは、NBAの歴史に強烈なインパクトを残したチームだったのである。

文:青木崇
Twitter: @gobluetree629

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